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クレーン管理のリスクアセスメントの実際―クラブ式クレーン使用段階のリスクアセスメント―
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1.はじめに
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 クレーンをより安全に使用していくために,リスクアセスメントという考え方が広く用いられるようになってきた。本稿では,リスクアセスメントに関する基本事項を整理した上で,実際にクレーンを使用する段階で実施すべき事柄を,特に,設備管理面からの取組み事例を紹介させていただきたい。

 


2.リスクアセスメントとメンテナンス
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(1)リスクアセスメント
  リスクとは事故が起きたときの損失の大きさと事故の起き易さとを組み合わせた概念である。端的には「リスク=事故発生確率×事故影響度」であり,図1のように表現することができる。
  リスクアセスメントとは,発生しうる危険性を洗い出し,それぞれのリスクの大きさを見積もり,許容できないリスクに対しては個別に対応措置を決定し,リスク低減を体系的に進める手法のことを云う(JCAS 0001クレーン等のリスクアセスメント実施要領より)。

(2)メンテナンス
  クレーンをはじめ全ての装置や設備は,稼動とともに徐々にではあるが必ず劣化が進行する。設備劣化の進行にともない故障や事故の発生確率は確実に上昇する。従って,リスクアセスメントを進めていく上でのメンテナンスは,予期せぬ事故を起点に設備の故障を修理するものであってはならない。劣化度を定期的に測定し,時間軸上で管理し,事故の発生確率を想定する値以下に抑え込む,すなわち,劣化管理型のメンテナンスが必要となってくる。図2 をもちいて考え方を説明する。
  メンテナンスに必要な作業は大きく分けて,「日常保全」「点検(劣化評価)」「補修」である。まず,「日常保全」であるが,これは給油脂・清掃・機器調整など装置にとって正常な運転を保証するために必須の作業である。日常保全を怠ると装置部品の異常劣化が発生し,思いもよらない故障を発生させることにつながるので確実に実施する必要がある。しかしながら,日常保全を確実に実行していたとしても,劣化は必ず進行する。従って,定期的に「点検(劣化評価)」を行ない,設備がその機能を喪失する前に「補修」(部品交換,場合によっては設備更新)を計画し実行する必要がある。これが劣化管理型の保全である。

 


3.クレーンのリスクアセスメント
   
 

(1)実行管理体制
  リスクアセスメントは現場(実施部門)のみで取組むのではなく,事業所の関係部門が連携して推進することが肝要である。リスク評価と低減,メンテナンス基準など技術面は勿論のこと,労務や工務, さらにはメンテナンス費用など,多面的な視点で実行をサポートする体制があってこそ円滑に活動を進めることができる。
  実行管理体制の例を図3に示す。この例では,事業所の安全衛生委員会の直轄組織として「クレーン管理小委員会」が設置され,関係部門がクレーンの安全運用に関わる課題を共有化し,ともに対策に取組みやすい実行管理体制となっている。
  クレーン管理小委員会は,設備主管(運転・日常保全・点検)となる「運転部門」,検査・補修を担当する「整備部門」,技術基準の設定や教育を担当する「技術部門」,さらに点検・検査の実行管理や承認を担当する「安全健康グループ」から構成されている。この小委員会には,クレーンの安全運行やリスクアセスメントに必要な作業について,計画〜実行〜管理〜評価を完結的に対応できる特徴がある。

(2) 点検・検査基準の運用強化
  守るべき法令および公的指針を図4に示す。日毎,月毎,年毎など実施すべき点検や検査がそれぞれ定められており,これを確実に実施していく必要がある。そのために社内では,実施項目と判断基準を分かりやすく整理し,基準化し運用するなど,抜けのない作業を行なうための工夫を実施部門と承認部門が協業で取組んできた。


  次に,事業所内で基準化を行なった点検・検査を表1に示す。それぞれの点検・評価項目について対象部位,測定・観察および判断記録を定型フォーマットとするカルテを設定している。カルテをベースにした業務のシクミが,実施部門での点検・検査の計画実行,承認部門での実行管理といった保全業務のPDCA の基盤として機能している。
  表1中の自主点検「ワイヤロープ回数管理」を具体事例として簡単に説明する。運転部門が月間の吊回数をカウントし,小委員会に報告することになっている。吊回数があらかじめ定めておいた使用限回数を超えないように,また,交換時期はいつ頃に達するかを小委員会で毎月確認するのが,その目的である。これによって,ロープ外観に異常を視認できない内部断線による切断事故など超過使用の防止を徹底している。
  また,最近では,吊荷重と吊回数を自動で計測積算するモニタ装置※を開発し,現場適用を開始した。操業度や吊荷重の変化を見逃さない管理技術で,更なる安全性を追求していきたい。
※)東京製綱鰍ニの共同開発,商品名:REXS で販売中。

 


4.経年クレーンの特別査定
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 経年クレーンの特別査定指針が,日本クレーン協会規格(JCAS 1102-2007)により定められた。本規格設定の趣旨は,『現状のクレーン構造規格では,疲労強度上の使用限度に達したクレーンをどのようにするかが規定されていない。そこで,クレーン構造規格を補完するものとして,労働災害を未然に防止し,経年クレーンの安定操業の有効手段として,特別査定を検討する際の指針とする』と記されている。
  筆者の所属する事業所においても,本規格に準拠した特別査定を実施しており,次にその概要について述べる。

(1)特別査定対象クレーンの選定
  特別査定の取り組みポイントを表2に示す。事業所内で非常に数多くのクレーンが稼動している場合,劣化度の高いものから優先的に査定を行なう必要がある。そこで,この例では,昭和51年以前のクレーン(疲労に関する規定がない構造規格で設計したもの)に対しても,疲労劣化度を「クレーン鋼構造部分の計算基準(JIS B 8821:2004)」によって算定し,算定値と既実施の点検・検査の結果を組み合わせて,優先順位を決定する工夫を行なっている。また更に,前述したリスク評価(=事故の起こりやすさ×事故の大きさ)も実施し,優先順位決定に加味していることを付記しておく。

(2)特別査定における検査
  特別査定における検査内容を図5に示す。全ての溶接線や構造部材を対象とするが,特に,重大事故に.がる可能性の高い部位をA 区分として,場合応じてPT(浸透探傷検査)を併用するなど,綿密な検査を重点実施する。また,検査の結果は,異常の有無にかかわらず検査実施記録書を作成保存し,損傷を確認した場合に過去に遡って追跡調査ができ
るような仕組みを構築している。各種記録はクレーン廃棄まで保存することとした。


  参考までにガーダまわりの重点検査部位を図6に示す。これら重点検査部位を含む全ての溶接線,構造部材は,トラック式高所作業車などをもちいた近接点検を年に1回の頻度で実施することにより,その健全性を評価している。

(3)疲労損傷度と余寿命の推定
  高度経済成長時代に建設され30年以上も生産活動に供してきたクレーンは少なくはない。これらの各々のクレーンについて変動応力と頻度を実測し,これまでの運転実績から現在の疲労損傷度と今後の余寿命を推定することで,経年疲労破壊による事故を未然に防止しようというのが本施策の狙いである。
  構造部材がどれくらいの繰り返し荷重,すなわち変動応力に耐えられるかということは,実験的に求められたS-N 曲線によって示されてはいる。が,実際のクレーン構造部材の変動応力は実験室のように,一様な応力変動が規則正しく作用するものではない。従って,不規則に変動する応力に対して疲労を見積もる方法を導入する必要が生じてくる。
  一つの方法として図7にレインフロー法の概念図を示す。アルゴリズムは「測定波形を多重の屋根とみなして,雨滴を全ての屋根のつけ根部分から流し,屋根から落ちた段階を計数することで頻度分布を求める」というものである。

 それでは,測定事例を示そう。実機では図8に示すように,作業効率を考慮して,複数の重点検査部位にひずみゲージを貼付し同時に測定する。また,測定したデータの信頼性を確保するために,通常の操業状態でクレーンの稼動頻度に応じた一定期間の計測を行なうこととしている。

 そして,実測により得られた変動応力と頻度から図9 に示す算出ロジックを用いて疲労損傷度解析が実施される。なお,疲労限界線図は「クレーン鋼構造部分の計算基準(JIS B 8821:2004)」に基づき選定されている。

 


5.おわりに
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 クラブ式クレーンの使用段階におけるリスクアセスメントについて紹介した。クレーンを安全に運行するために,設計・製造に関する構造規格と同じように,使用段階における維持管理基準を整備する必要性を強く感じている。一方で,クレーンの劣化,特に疲労に関して云えば,いつ亀裂が発生するのか?その時期を決定論的に特定することはできない。したがって,リスクという概念をつかって現場・現物でクレーンの劣化管理を事業所が一体となって実践し,また,クレーン協会や関係団体とも連携をとり,クレーンにかかわる事故を防止していきたいと思う。
  最後に,特別査定を実施したクレーンの対処についてであるが,算出された疲労損傷度,特別査定の検査結果およびクレーンの健全性,また,今後予測される疲労損傷などを総合的に勘案し,その対応方針が定められる。例えば,吊荷重を下げて延命(荷重を.にすれば吊回数は8倍増)するか,補強をして寿命を延ばすか,あるいは,更新など,他にもいくつかの選択肢がある。いずれにしても,リスクアセスメントに基づいて安全第一の対応がとられることがもっとも重要である。

(新日本製鐵(株)名古屋製鐵所 藤井彰)


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