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建設用タワークレーンの強風対策
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1.まえがき
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 クレーンの強風対策については,過去何度となく本誌において取り上げられてきた。
 取り分け建設工事用クレーンの強風対策については本誌第40巻(2002年10号)でクライミングクレーンを対象に,クレーン設計上の特徴(どんな強風に対しても万能ではない)を踏まえ,できるだけ建築現場の実情に配慮した対策を述べてきた。
 しかしながら2004年には強風による建設用タワークレーンのジブ損壊事故が10数件におよび発生した。
 この年は10個の台風が上陸するという異常な年でもあり,多くの事故が集中した。
 これらの災害はこれまでにも中・小型のクレーンにおいて,多い年でも1〜2件の事例はあったが一般的な強風対策やクレーンメーカー作成の取扱説明書,運用事業者の技術資料等に示されている必要対策を講じていなかったことで発生したものと考えられ,積極的な対策の見直しがされてこなかった。
 しかしこの年に発生した多くの災害の一部においては所定の対策を講じていたにもかかわらず発生してしまったものもあり,本誌掲載の対策やメーカー推奨の対策などを含め従来の対策や情報が十分でなかった,あるいは解決できない災害が見られたなどの特徴があった。
 当時幸いにも人的災害には至らなかったものの,一歩間違えば重大災害となる事案も見られたことから当協会において製造者,運用事業者(使用者)および第3者の委員からなる「クレーン等事故検討委員会」を開催し,あらためて建設用タワークレーンのジブ損壊防止を含めた強風対策についての見直しが行われ,翌年(2005年9月)に「建設用タワークレーンの強風対策要綱」がとりまとめられた。
 本書の内容については2006年の第27回全国クレーン安全大会での研究発表の場で報告され,本誌においても第45巻(2007年2号)で「技術報告」として掲載されている。
 前述「建設用タワークレーンの強風対策要綱」の発刊以降今日まで,強風によるジブ損壊の事例があまり把握されていないのは本書強風対策要綱に基くクレーン製造者側からの各種情報と運用事業者側による適切な事前計画と施工が実施された結果の賜ものと思われる。
 2004年の集中台風以来,大型の台風上陸が少なくなっているとは云え季節的な突風の発生や最近では強力な竜巻が頻繁に発生するなど異常気象現象への備えとしてもクレーンに対する強風対策への意識の継続が必要と思われる。
 本稿では「建設用タワークレーンの強風対策要綱」の趣旨をあらためて確認するとともに現在実質的に行われている強風対策を紹介して行きたいと思う。


2.強風対策見直しのための現状把握
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 従来の強風対策の見直しに際し,クレーン製造者側の認識確認と設置事業者側の現場状況について確認したところ以下のような点で安全対策の考え方で乖離が見られた。
2.1 クレーン設計上の現状
 クレーン設計上の風荷重については,クレーン構造規格第9条に基づき作動時風速を16m/s,停止時(暴風時)風速を55m/sとして設計されていることは周知の通りである。
 また,第11条第2項には「〜構造部分の強度に関し最も不利となる場合〜」と規定されているが,これは同解説にもある通り作動時における条件を示している。
 このことから構造規格の中では停止時(暴風時)におけるクレーン(ジブ)の姿勢については明確な条件が示されていない。
 一方,クレーン等安全規則第31条の3においては「〜ジブが損壊するおそれのあるときは当該ジブの位置を固定させる等によりジブの損壊による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。」と規定されており,同解説ではその措置についてジブの固定の他,「〜ジブの安定が保持される位置にセットし,自由に旋回できる状態としておくこと〜」と記述されている。
 これらのことから停止時(暴風時)においてはジブ角度を最下限(最大半径)の状態とし,旋回をフリーとして設計されている(図1)。
 
図1
 
2.2 建設現場の現状
 建設現場の状況は,敷地状況・建物規模・工法および工程等によりクレーンの設置位置,台数が決定されるが,敷地が狭い場合や複数台のクレーンを設置した場合にはジブ先端が隣地境界線の外に出たり,構造物やクレーン同士が衝突するなど必ずしも設計・製造者が認識しているような状態にクレーンの姿勢を保つことができないのが実情である。
 このため事業者各社は労働者の危険を防止する措置として,ジブを出来る限り起し(45〜60度以上),旋回固定(ブレーキロック)の状態でフックを構築物等に固定するなど従来から一般的に提案されている台風等の強風対策で対処している(図2)。
 
図2
 
 また,建設現場では以下のような問題も抱えている。
 1)クレーンの設計計画時にはつり荷の重量,作業半径,設置位置,クライミングの時期等についての検討は慎重かつ十分に行われる。
 しかし台風時等の事前対策は設置条件が現場毎に異なっているために個々の条件毎に対策が必要となるが,対策としてのステー位置,控え索のアンカー位置の追加等については現場の進捗状況によって変化し,建物側のコンクリート等の強度発現とのタイミングのずれなどにより台風対策として効果の得られない場合もあるため事前計画だけでは十分とは言えない。
 2)工事の進捗に伴い設置状況が変化するため,台風接近に伴い実施する台風対策はその時点の状況に適した対策に再検討する必要があるとともに当該地域への台風接近の可能性が高くなった時に集中する。かつ他の台風対策作業にタワークレーンが使用されるためタワークレーンに対策を施すタイミングは最終段階になることもある。
 さらに該当する現場が重なった場合など技術(指導)員等が全て現場を見切れない状況も多く,的確な対策が取られない場合もある。特にタワークレーンの設置数からすると中・小型機種が多いがこの種のクレーンでは専属のオペレータがいない機種が多く十分な対策が取られない場合も多くある。


3.強風対策見直しの検討
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 タワークレーンの強風対策見直し過程の中では以下のようなことも明らかになった。
3.1 ジブ損壊のおそれのある状態
 タワークレーンはジブを伏せ下限(最大半径)かつ旋回フリーの場合,基本仕様の設置高さ以内であれば風速55m/s以内の強風に対してジブがあおることもなく安全であることが確認された。
 しかし,ジブを起した場合のジブ角度とあおる時の風速,または旋回を固定した場合にジブの折損する(図3)風速は個々のクレーンによってまちまちであり,タワークレーンの姿勢と安全な風速の関係,つまり「ジブが損壊するおそれのある」風速とジブの姿勢を一律に設定することが極めて困難であることも確認された。
 
図3
 
3.2 危険を防止するため措置
 従来から関係各所で検討されてきた「危険を防止するための措置」としての強風対策には設置状況によっては非現実的なもの(例;ジブを建設中の建物に固定しようとしてもジブの位置は建物最上階よりもはるか上空にあり,直接的に固定・緊結することはできない)があること(図4)。
 さらに,各タワークレーンの能力別に標準的(共通的)な対策案を検討しようとしたが,各製造者の設計思想・製造された時代背景・顧客ニーズによる仕様の違いなどもあり強風に対する対策案の標準化が困難であることも確認された。
 
図4
 
 以上のような検討結果を踏まえ,「機械の包括的な安全基準に関する指針」で謳われている製造者と事業者によるリスク低減のための「使用上の情報」を正確に提供し,確認することで両者の認識を同一のものにすることが最も重要であるとの結論に至った。


4.ジブあおり対策実施の方策と留意点
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 ジブあおり対策の方策として,全てのタワークレーンそれぞれに,風速とジブ角度に応じた強風対策を製造者が異なった場合でも同じ考え方で提供された情報として抽出できるような資料「タワークレーンの強風対策シート」を作成し,対象となる機種の風に対する特徴を把握できるようにした。このシートは風速をX軸に,ジブ角度をY軸にとり,製造者の指定する強風対策毎の安全領域を示すマトリックス図表と,その対策案を記載するものとした。
 各対策ごとの領域を示すマトリックス図(図5)とその対策案の例を以下に示す。
 
図5 対策条件設定マトリックス図(例)
 
例;
対策A
風速35m/s〜55m/s以下でジブ角度45°〜60°以下の時;
クライミングダウンし,ジブを固縛する等
 
対策B
風速35m/s〜55m/s以下でジブ角度30°〜45°以下または風速20m/s〜35m/s以下でジブ角度45°〜60°以下の時;
ジブ角度45°で旋回固定,マストステーを増やす等
 
対策C
風速35m/s〜55m/s以下でジブ角度伏下限〜30°以下または風速0m/s〜20m/s以下でジブ角度45°〜60°以下の時;
ジブ角度50°,旋回フリー,またはジブ角度30°,旋回固定かつジブ中間及び先端より控え索等
 
対策D
風速20〜35m/s以下でジブ角度30〜45°以下時;
ジブ角度45°,旋回固定かつジブ中間より控え索等
 
対策E
風速20〜35m/s以下でジブ角度伏下限〜30°以下または風速0〜20m/s以下でジブ角度30〜45°以下の時;
ジブ角度45°,旋回フリー,またはジブ角度25°,旋回固定かつジブ中間より控え索等
 
対策F
ジブ角度伏下限が可能な場合;旋回フリー,フック上限
 
対策無
風速20m/s以下,ジブ角度30°以下;通常の終業時と同じ
 
 シートは対象機種・仕様の他「T.旋回をフリーにできる場合」,「U.旋回をフリーにできない場合」の条件毎に1枚のシートにまとめるものとした。
 しかし,シートの作成段階においてジブのあおり対策が必要な場合,あるいは必要としないジブ角度であってもジブの風圧荷重が増えることにより状況によってはクレーンマスト(タワー)がその許容応力を超過する領域があることも確認された。そこで,3番目の条件として「V.マスト部の耐力」を前提としたシートを追加することとした。ただしこのマスト部の耐力についてはクレーン基礎部の荷重にも影響を与えることにもなるため設置計画時点で算定された荷重との差異を確認しておく必要がある。
 当時の委員会では上記の各条件に基づいて製造者委員各社から具体的に19機種,25仕様のシートが作成され,それらは本対策要綱にも盛り込まれた。その中から2例ほど代表例を抜粋し以下に示す。
 
 
 製造者各社で作成されたシートは,そのレイアウトまでは標準化せず各製造者の裁量に任されたことから全体の構成や見易さについてそれぞれで工夫されたものになっている。


5.強風対策の現状
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 建設用タワークレーンの強風対策の現状としては,本対策要綱が有効に活用されている中で,製造者と保有者の間では特殊なケースを除きクレーン側で行える対策を優先的に実施していくと言う考え方で進められている。
 その一つの実施例としては本対策シートの中でも対策案として挙げられているジブのあおり防止対策である(図6)。
 
図6
 
 この対策はジブ中間位置から旋回フレーム上にあおり防止用のロープを取り付けられるように必要な部材を予めクレーン側に設けておくことである。使用するロープの仕様,取付用金具類とその時のジブ強度については,建設現場における平均的なジブ姿勢(角度)と風速を前提に当事者間で決定されている。対策の実施に際しては,フックは風によってジブにぶつからないよう旋回フレーム側に固定し,旋回ブレーキを掛けるかどうかは当該クレーンの対策シート3条件からの情報により決定されることになる。


6.おわりに
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 上記のような対策例は新規クレーンの発注時や既存のクレーンへの改造で装備されたものが徐々に増えてきている。強風対策シートにおいても最近では前述3条件を一元化して作成されたものも出てきており,本対策要綱の趣旨が浸透してきていることが感じられる。先般完成した東京スカイツリーで使用されたタワークレーンに精度の高い風対策が実装されていたことも様々な場で紹介されており,今後も強風に対する安全意識がより一
層高まって行くことを期待するものである。
 なお,本稿は冒頭でも記述した通り一般社団法人日本クレーン協会規格「建設用タワークレーンの強風対策要綱」に一部加筆したものであることを申し添える。
 
(株式会社小川製作所 三浦拓)


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