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クローラクレーン災害と安全ポイント
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1.はじめに
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 移動式クレーンの労働災害に関する発生状況について,厚生労働省安全衛生部安全課の資料をもとにまとめたものを下記に紹介します。
  表1は「クレーン等による死傷者の推移」で,表2はそのうちの移動式クレーンによる「業種別死傷災害発生状況」(休業4日以上の負傷者及び死亡者)をまとめたものです。また表3はそのうちの移動式クレーンによる「業種別死亡災害発生状況」です。
  過去5年間で見てみると,クレーン等での災害状況は平成14年と比較して約10%の減少と読み取れ良い傾向ではあるが,主に移動式クレーンを使用する業種(建設業)で見た場合,全業種に占める割合が死傷災害は平均して54%前後で推移し,また死亡災害においては平成18年では68.9%と高い割合であることがわかります。
  表4には,平成14~18年の「移動式クレーンによる現象別・機種別死亡災害発生状況」を示しています。平成18年(( )内数字)には,移動式クレーンの死亡災害45人のうちクローラクレーンに関しては22.2%の10人が死亡災害にあっていることがわかります。
  この10人は5年間の平均数値でもあり死亡災害においては横ばい状況といえます。
  過去5年間での統計では,「つり荷の落下」による死亡災害が12人と一番多く記録されており,次に「つり具・つり荷と物体との狭圧」,「機体との接触」,「機体の折損・倒壊・転倒によるもの」と続いていますが平成18年においてもその順位は変わっていません。また,その主たる原因は人的要因によるものがほとんどです。
  クローラクレーンにおいては死傷災害には至らなかったが本体の転倒事故も多く報告されており,最近ではテレビニュース,新聞,インターネットニュースなどに掲載され,工事現場近隣住民の不安を煽る状況になっています。
  本稿では,基本に戻りクローラクレーンを扱う上での基礎知識と最近の安全装置および作業者の心得について述べたいと思います。

表1 クレーン等による死傷者の推移
(クレーン等:クレーン・移動式クレーン・デリック・エレベータ・リフト・ゴンドラ・他)
 
(人)
年度 平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年
死傷者数 2,753 2,703 2,563 2,600 2,493
割合(%) 100 98.1 93.1 94.1 90.5
(平成14年を基準に見た場合の割合)
 

 

表2 移動式クレーンによる業種別死傷災害発生状況  (人)
業種  年度 平成14年 平成15年
平成16年
平成17年 平成18年 小 計
製造業 115 87 97 76 88 463
鉱業 6 0 1 1 2 10
建設業 575 155 169 161 138 780
運輸交通業 157 155 169 161 138 780
貨物取扱業 35 24 22 18 12 111
農林業 17 16 13 21 19 86
畜産・水産業 2 5 6 5 5 23
商業 70 71 61 56 49 307
その他の事業 48 58 51 53 39 249
1,025 912 880 870 766 4,453
建設業の割合(%) 56.1 54.3 52.2 55.0 54.0 54.4
 

 

表3 移動式クレーンによる業種別死亡災害発生状況  (人)
業種  年度 平成14年 平成15年
平成16年
平成17年 平成18年 小 計
製造業 5 6 10 4 4 29
鉱業 0 0 0 0 0 0
建設業 43 32 41 27 31 174
交通運輸事業 0 1 0 0 0 1
陸上貨物運送事業 8 3 10 10 6 37
港湾荷役業 2 1 0 2 2 7
その他の事業 7 6 2 4 2 21
65 49 63 47 45 269
建設業の割合(%) 66.1 65.3 65.0 57.4 68.9 64.7
 

 

表4 移動式クレーンによる現象別・機種別死亡災害発生状況(平成14年~平成18年)
 
( )内数字は,平成18年の発生状況
(人)
現象  業種 トラック
クレーン
車両積載形
トラッククレーン
ホイール
クレーン
クローラ
クレーン
浮きクレーン 小 計

 


つり荷の落下によるもの
10(4) 20(4) 32(9) 12(4) 2(0) 76(21)
機体の落下によるもの            
機器の落下によるもの            
ジブの落下によるもの     1(0)     1(0)
積み荷等荷の落下によるもの   2(0) 2(0) 2(0)   6(0)
その他 1(0)     2(1)   3(1)
つり荷つり具が激突したもの 2(0) 3(0) 6(0) 3(0) 2(1) 16(1)

 


つり具,つり荷と床上の
物体によるもの
2(0) 3(1)   8(2) 2(0) 15(3)
つり荷の転倒によるもの 0(1) 5(0) 6(2) 5(0)   16(3)
床上の物体の転倒によるもの 2(1) 5(3) 2(1) 1(0) 3(0) 13(5)
機器と他の構造物によるもの            
機体にひかれたもの   1(0)   1(0)   2(0)
機体に接触したもの 2(0) 10(2)   7(2)   19(4)
その他 1(0)         1(0)



機体からによるもの
  1(0) 1(0)     2(0)
つり荷に押されたもの            
機器と共に墜落したもの            
作業床等から墜落したもの 2(1) 5(0) 15(2) 3(1) 6(0) 31(4)
その他 1(0)   4(0)     5(0)
機体,構造部分が折損,
倒壊,転倒したもの
2(0) 41(2) 6(1) 6(0) 1(0) 56(3)
感電 1(0) 2(0)       3(0)
その他       1(0) 2(0) 3(0)
合計
26(7) 98(12) 75(15) 51(10) 18(1) 268(45)

 


2.クローラクレーンの基礎知識
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(1)クローラクレーンの安定について
  移動式クレーンの安定については,「安定度」と「後方安定度」という考え方がありいずれも転倒支点を基点としたモーメントの比によって決まります。
これらは「移動式クレーン構造規格」及び「クレーン等安全規則」により規定されており,「製造検査」を合格したクレーンの全てはこれを満足するものです。

① 安定度
  安定度は,一般に安定モーメントを分子,転倒モーメントを分母とする比の値で示されます。転倒モーメントには単に荷重のみならずジブの質量も関係します。安定度の値は,大きければ大きいほど安定がよく,「クレーン等安全規則」では,定格荷重の1.27倍に相当する荷重の荷をつって行う安定度試験に合格しなければならないことになっています。
(図1参照)

② 後方安定度
  後方安定度は,巻上げ用ワイヤロープが切れたときのように荷重がかかる方向と逆の方向に力が作用したときの安定性を示すもので,「移動式クレーン構造規格」では,荷をつらずに最小作業半径(最短ジブ長さ,ジブの最大角度)の状態で移動式クレーンの質量の15%以上がジブ側の転倒支点(転倒するときに地面に接している点)に残っていなければならないと定められています。したがって,規定以上のカウンターウエイトを増やすことは,無負荷時の後方安定性を悪くし,巻上げ用ワイヤロープが切断したときなどは非常に危険です。  (図2参照)
   

 
(2)クローラクレーンの作業領域
  移動式クレーンの中で,トラッククレーン等の車両搭載型でアウトリガーを転倒支点とするクレーンは車両の前方側(運転席側),後方側の違いにより作業領域(吊り性能)が違うこともありますが,クローラクレーンにおいては,全周方向で共通の定格総荷重での作業をすることができます。  (図3・図4参照)
 
 

(3)クローラクレーンの性能
  クローラクレーンは,全周方向で定格総荷重の吊り性能が確保できますが,その性能は次の要素により決められています。

① 機械の安定度

② ジブの機械的強度

③ 巻上げ装置(ウインチ)の能力
  これら3つの要素を曲線にしたものを(図5)に示します。
  許容巻上げ荷重は,この3つの条件を超えない範囲で決められています。
  この曲線より,クレーンの性能が決まりますが,一般的にいって作業半径の大きいところでは安定度から,作業半径の小さいところでは強度上から決定されます。巻上げ装置(ウインチ)の能力は,最大吊り上げ能力を少し上回っているのが通例です。

 
(4)「製造検査」による安定度・荷重試験
 「クレーン等安全規則」により,クレーン製造時の「製造検査」として,安定度試験・荷重試験の実施が規定されています。

① 安定度試験
安定度試験は,定格荷重の1.27倍に相当する荷重の荷を吊り上げて当該移動式クレーンの安定に関し最も不利な条件で地切りすることにより行われます。

② 荷重試験
荷重試験は,定格荷重の1.25倍に相当する荷重(定格荷重が200トンを超える場合は,定格荷重に50トンを加えた荷重)の荷をつって,吊り上げ,旋回,走行等の作動を行うことになっています。

   

 


3.クローラクレーンの安全装置
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 「移動式クレーン構造規格」には,作業中,運行中,休止中の安全を確保するために各部位に安全装置を設けることと規定されています。
  また,安全性向上のためにメーカ独自で安全装置として装備しているものもあります。図6に安全装置の一覧を示します。
  近年に開発されたクレーンの安全システムでは,図6の安全装置は当然装備されていますがクレーンオペレータが操作しやすく,組み立て分解での安全性を目指した支援システムが組み込まれているものもあります。その一部を紹介します。

 
① 過負荷防止装置
  過負荷防止装置の構成は,演算装置,表示装置,スイッチパネル及びセンサ類から構成され,表示装置としては視認性の良い高画質液晶グラフィックデイスプレイを採用し絵と文字を組み合わせて豊富な情報を視覚的に表示させています。また,スイッチパネルは画面の切り替えやメニューの選択に使用され,表示装置にガイダンスバーを設け,対話型としたことにより設定・確認が容易な物となっています。(写真1参照)
  図7は,作業状態確認画面であり,エンジンキーが入るとこの画面からスタートし,オペレータに作業状態を促すシステムとなっています。
  作業状態が確認されると,図8のような作業姿勢画面に切り替わり,実際に吊っている荷重の大きさ,作業半径だけでなく限界荷重,限界半径も同時に表示されオペレータは瞬時に作業の余裕度が把握でき,さらに,エンジン回転数や作動油油温などがモニタされており同時に確認ができるようになっています。
 
 
② 組み立て・分解支援システム
  このシステムでは,安全装置の解除操作をすることなくスイッチパネル上のスイッチを押すことにより作業姿勢から組み立て・分解姿勢に移行できる方式となっています。ただし,組み立て・分解モードに移行できる条件は自動判別され,条件を満たしたときだけこのスイッチが有効となり,通常の作業姿勢では受け付けないようになっています。
  一方,組み立て・分解姿勢から作業姿勢に移行する場合は,吊り作業ができる姿勢になると組み立て・分解モードから作業モードに自動的に復帰します。
  このようにオペレータに安全装置の解除操作をさせることなく作業姿勢から組み立て・分解姿勢へ移行するため,安全かつ円滑に組み立て・分解ができるようになっています。
図9 は組み立て・分解作業への確認画面です。
 

 


4.クレーンオペレータ及び作業者の心得
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今まで述べてきたように,クローラクレーンに関しては「移動式クレーン構造規格」により設計・製作され,安全装置もどんどん進化してきています。クローラクレーンの安全装置は事故が発生するたびに,操作ミスを起こさないシステム,意識して行われる不安全行為(安全装置の解除等)をなくすシステムなど新しく開発されてきたものです。しかし,1項の統計にあるように,いまだに災害の主たる原因のほとんどは,人的要因となっています。
  クレーンオペレータ及び作業者に求められるのは,「安全運転」「安全作業」「KY」という言葉と実践であり,運転するクレーンの性能・機能・操作を十分に理解したうえで,現作業姿勢における定格総荷重表を頭に入れ(又は運転席に設置し),作業能力を理解しておくことです。
  また,ジブ上限,フック過巻き等の安全装置による停止を期待することなく,各制限範囲内での停止操作を行うことを実施願いたい。
  安全装置は,操作ミスや作動限界に到達したときに自動的に働く装置です。安全装置に頼りすぎの運転は行わないようにして頂きたい。
  クレーンは,常に正常な状態で稼動することが必要であり,定期自主検査(年次・月次),始業前点検などはしっかり実施して頂き,作業時に「いつもと違う」と感じたときには,必ず点検することが重要です。

 


5.あとがき
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 新しく安全装置や機能が開発されても,人が機械を運転する限り事故は無くならないと思われます。しかし,クレーンの作業にかかわる人(クレーンオペレータ及び作業者)が基本を守り,周囲作業者との連携を密にし,お互いの安全意識を高め行動することにより,事故を未然に防ぐことになりますので,これを実践することをお願いしたい。
  「安全はみんなの願い,家族の願い」です。本稿が皆さんの「安全活動」の一助になればうれしく思います。

 

(日立住友重機械建機クレーン(株)テクニカルサポート部 桑森誠一郎)


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