走行クレーンの風対策として備え付けられる逸走防止装置ですが,適切なタイミングで装置を有効に作動させなければ災害を防ぐことはできません。特に,作動時の“突風”に対しては,クランプやアンカー等の逸走防止装置を機能させるかどうかの判断を誰がいつ行い,装置の有効化を誰がいつ実施するのかといった具体的要領・手順・ルールを確立し,周知しておくことが必要です。
(1) クレーン作動時の運用例(使用ルール例)
以下に,クレーン作動時の運用例(使用ルール例)を示します。
例1) |
風の有無にかかわらずクレーンが走行停止する度にレールクランプを締める。 |
例2) |
原則としてクレーンが走行停止してもレールクランプは解放したままとし,あらかじめ定めた風速以上の風が吹く場合はレールクランプを締める。
オペレーターが運転席を離れる場合,および,あらかじめ定めた時間以上停止する場合は,風速の如何にかかわらずレールクランプを締める。 |
例3) |
原則として,クレーンが走行停止する度にレールクランプを締める。
明らかに天候急変の予兆がなく,“無風または軽風状態”が継続すると認められる場合は解放したままでもよいが,オペレーターが運転室を離れる場合,および設置者が定めた時間以上停止する場合はレールクランプを締める。
電動式レールクランプにおいては,制御回路により走行停止と連動してレールクランプが閉まるようにすることができます。しかし,レールクランプを開閉するのにある程度の時間を要するので,頻繁に走行・停止を繰り返すクレーンでは作業効率の低下が問題になります。特に手動操作式の場合は,頻繁に開閉を繰り返すことは作業者にとって大変な労力を要することになりますので,例1)の方法は現実には実施が困難です。 |
例2)の方法は,例1)の方法より作業効率は向上しますが,レールクランプ解放中に予想を超える突風が吹く可能性があり,逸走する危険性が増します。この方法を採用する場合は,できるだけ小さな風速でレールクランプを締めるよう定めてください。
例3)の方法が,上記運用例1),2)の欠点を補った最も現実にあったレールクランプの運用方法であるといえるでしょう。
上記例を参考に,走行クレーンそれぞれの設置条件・運用条件のもとでのルールを,それぞれに具体的に定め,関係者に周知徹底して運用をしてください。
(2) クレーン作動終了時の運用例(使用ルール例)
クレーン作業を終了する時の,逸走防止装置等の使用に関する運用例を以下に示します。
① |
クレーンを所定の位置まで走行させアンカープレートをセットする。
アンカーを備えていないクレーンの場合,および所定の留位置以外の場所で終了せざるを得ない場合は,アンカーに代わる逸走を防止するための措置を行う。
アンカープレートを基礎の溝に落し込むのは,クレーン等安全規則では「瞬間風速が30m/sを超える風が吹くおそれのあるとき」とされています。しかし,日本クレーン協会規格では,より安全性を高めるために暴風のおそれのあるときに限らず,日常の作業終了時にアンカープレートを基礎の溝に落し込むこととしています。
やむを得ず所定の留位置以外の場所で駐機せざるを得ない場合としては,例えば走行路が障害物で塞がっていた,又は走行モータが故障した,などが想定されます。 |
② |
レールクランプを締めつけるなど逸走防止装置を効かせる。
レールクランプを備えていないクレーンの場合,レールクランプに代わる逸走を防止するための措置を行う。
アンカー及びレールクランプは,それぞれ独立して風荷重に抵抗できる強度及び容量を有していますが,日本クレーン協会規格では,より安全のためにアンカープレートを落し込む場合でも同時にレールクランプを締めることにしています。 |
③ |
転倒防止装置を備えているクレーンにあたっては,転倒防止装置をセットする。
転倒を防止するための措置が必要であるにもかかわらず転倒防止装置を備えないクレーン,または所定の留位置以外の場所で作業終了せざるを得ず転倒防止装置をセットできない場合には,転倒防止装置に代わる転倒を防止するための措置を行う。 |
(3) 強風時の運用例(使用ルール例)
クレーン作動時において強風が予想されるときの,逸走防止装置等の使用に関する運用例(使用ルール例)を以下に示します。
・ |
強風注意報が発表されるような風(10分間の平均風速が10m/sを超える風),または,風によりクレーンに係わる作業の実施について危険が予想されるときは,クレーン作業を直ちに中止する。その後に,前述(0)作動終了時の対応①~③と同様の措置を行う。 |
・ |
風が弱まるのを待って作業を再開しようとクレーンの作業者が機上で待機する場合においては,必ず上記手順(前述の(0)作動終了時の対応①~③)を実施したうえでの待機とする。
やむを得ず所定の留位置以外の場所でクレーンを待機せざるを得ない場合など,上記手順のすべてを満たすことができない場合は,レールクランプが確実に締まっていることを確認したうえで,また,レールクランプを備えないものにあってはレールクランプに代わる逸走を防止するための措置を講じたうえで,作業者を速やかに安全な場所へ退避させる。 |
強風や暴風に関する情報を得る方法としては,気象庁や民間の気象予報会社等の外部から得る方法や,事業場の構内やクレーンに設置した風速計や吹流し等により自ら得る方法等があります。これらの中のどの方法により情報を入手するかを予め明確にしておくことが重要です。また,クレーンを使用する作業者がクレーンに設置された風速計などにより風速を監視することができる場合においては,クレーンや作業の管理者でなくても,クレーンを使用する作業者自らが作業中止等の判断をできるよう定めることが望ましいと考えられます。
作業中に風が強くなってきたのでクレーンを使用する作業者の判断で作業を一旦中断したのですが,レールクランプを締めて運転室内で待機中に予想を超える突風(ダウンバースト)が吹きクレーンが流され,レール端のエンドストッパに衝突・破壊しクレーンが落下して死亡事故に至った災害実例があります。強風時にクレーンの運転席で待機する場合は,必ず作動終了時と同様の措置を行ったうえでの待機とし,その条件が満たせないときは作業者は全員安全なところまで退避することが必要です。
(4) クレーン停止時(暴風時)の運用例
暴風警報が発表されるような風(陸上で10分間の平均風速が20m/sを超える風)の場合には,前述の作動終了時の対応①~③が既にとられていると考えられますので,休止中のクレーンに対して以下の措置が実施されていることを確認してください。
① |
アンカープレートが基礎の溝に確実に落し込まれていること。
アンカーを備えない場合,又はやむを得ず所定の留位置以外の場所で駐機せざるを得ない場合は,アンカーに代わる逸走を防止するための措置が確実に講じられていること。 |
② |
レールクランプが確実に締まっていること。
レールクランプを備えないものにあっては,レールクランプに代わる逸走を防止するための措置が確実に講じられていること。
|
③ |
転倒防止装置を備えているものにあっては,転倒防止装置が確実に機能していること。
転倒を防止するための措置が必要で転倒防止装置を備えない場合,又はやむを得ず所定の留位置以外の場所で駐機せざるを得ない場合は転倒防止装置に代わる転倒を防止するための措置が確実に講じられていること。 |
(5) 非常時の緊急走行停止について
走行中に走行停止直前のクレーンが,突風により逸走して倒壊した災害実例があります。このような災害を防止するために,クレーンが風下方向に走行中,予期せぬ突風が吹いて逸走しそうになった場合の緊急走行停止に関する要領を,クレーンの製造者に確認のうえ定めておく必要があります。
① 逆相制動
走行中に逸走しかけたクレーンを停止させる,特別な措置の一つとして「逆相制動」があります。逆相制動は,機械的,電気的にクレーン各部に無理をかけるおそれがあるのでできるだけ避けることが望ましいのですが,ここではクレーンが逸走しそうになったときの非常手段として,機体保護よりも緊急停止を優先させる考えに基いて説明します。
逆相制動は基本的に1ノッチ(コースチングノッチがある場合には2ノッチ)で行います。いたずらに高ノッチにハンドルを入れても制動力は大きくならず,単に電動機に流れる電流が大きくなるだけです。残念ながらインバーターなどにより速度制御されているものについては,逆ノッチによる逆相制御はできないようになっています。
|
備考:コースチングノッチとは,クレーン又はトロリの停止時の衝撃及び荷振れを防ぐのに極めて有効なノッチで,電磁ブレーキや電動油圧押上機ブレーキが付いている横行,走行等の制御器に設けられる惰走ノッチのことをいう。 |
② レールクランプ作動
クレーンの中には,走行中にレールクランプを閉めることができるクレーンもあります。このタイプのクレーンにあっては,走行中の逸走しかけたクレーンを停止させる措置の一つとしてレールクランプを作動させる方法が考えられます。
ただし,走行中の逆相制動及びレールクランプの作動は,必ず停止させることができるとは限らず,また,クレーン機体保護の観点から望ましい操作ではないので,運用方法にこれらの操作を入れるに当っては,例えばクレーン製造者に確認するなどして十分な注意が必要です。
(6) 装置の取り扱いについて
逸走防止装置等の操作および保守点検については,クレーンに附属された取扱説明書を熟読のうえ,それに従って行ってください。 |