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「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」 と呼ばれている感染症は、主として接触感染、飛沫感染、飛沫核感染の3通りの感染経路によって感染するとされている。したがって、感染防止対策はこの経路を如何に断つかということが重要になる。以下、感染経路別の対策について考えてみたい。
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2.1 接触感染への対策(1)物質表面の消毒
汚染された物質の表面を触った手指から、口や鼻、目を介して感染するとされている(接触感染)。この対策としては、第一にドアノブや机などの物質表面の消毒(殺菌)が挙げられる。物質表面の消毒には、アルコール製剤、次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤等)、次亜塩素酸水、界面活性剤(洗剤等)などが有効とされている2)。各々、特徴ならびに注意点が異なるので、選択する際、あるいは使用する際には注意が必要である。事業所の消毒に関する基本的な考え方として、上記対策ガイドより該当部分を抜粋する。
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- 消毒前には中性洗剤等を用いて表面の汚れを落としておくこと。
- アルコール消毒液(60%~95%)もしくは次亜塩素酸ナトリウム(0.05%)を用いる。
- トイレの消毒については次亜塩素酸ナトリウム(0.1%)を用いる。
- 消毒は拭き取り(清拭)を基本とし、消毒剤の空間への噴霧は吸入の恐れがあるので行わない。
- 必要に応じて適切な個人保護具(マスク、保護メガネ、手袋、ガウン等)を用いること。
- 次亜塩素酸水については、有効塩素濃度や使用方法によっては新型コロナウイルスの消毒に有効とされるが、有効性および安全性の根拠が明確でない製品が多いので使用しない。
- 空間除菌用品をうたう商品は、その効果に対する合理的な根拠は確認できていない。
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上記の通り、事務所内の物質表面の消毒には、アルコール系消毒液または次亜塩素酸ナトリウム水溶液による拭き取り(清拭)が基本であり、空間噴霧や次亜塩素酸水の使用は推奨されていないことに注意が必要である。次亜塩素酸水については、有効塩素濃度が一定以上のものを用い、消毒したいものの表面を十分に濡らすことで有効であるとの報告もある一方で、不安定な物質であり、保管中に効果が減衰してしまう可能性が高いこと、消毒したいものが汚れている場合は効果が少ないことなどから、積極的に選択することは避けるべきである。また、空間噴霧ならびに、空間除菌をうたう商品については一部の業者はエビデンス(根拠)や安全性を主張しているが、実際にはエビデンスがはっきりしていない上、吸入した場合の健康影響のリスクが指摘されている。現状では使用(採用)は避けたほうがよいと思われる。
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なお、通常の環境消毒および、感染者が発生した場合の消毒として、上記対策ガイドには下記のように示されている。
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<通常の環境消毒>
- 不特定多数が触れるドアノブ、手すり、エレベーターのボタンなどを定期的に消毒する。
- 不特定多数が利用するトイレ(床を含む)を定期的に消毒する。
- 消毒は最低でも1日1回行うこと(複数回実施することが望ましい)。
- 机や椅子、パソコン、電話機などは、退社直前に(共用であれば使用前後にも)毎回各自で
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<感染者が発生した場合の消毒>
- 保健所からの指示に従い事業者の責任で消毒を実施する。
- 保健所からの指示が無い場合には、以下を参考にして消毒を行う。
- 原則として感染者の最後の使用から3日間を経過していない場所を消毒の対象とする。
- 消毒作業前には十分な換気を行うこと。米国CDCは消毒作業前に概ね24時間の換気を行うことを推奨している。
- 消毒範囲の目安は、感染者の執務エリア、会議室(机・椅子など、半径2mの範囲)、またトイレ、喫煙室、休憩室や食道などの使用があった場合は、該当エリアの消毒を行う。
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2.2 接触感染への対策(2)手指の消毒
病原体(今回はCOVID-19ウイルス)がついた表面を触った手で口や鼻、目などを触ることにより、粘膜から感染するのが接触感染である。従って、手指を消毒することが非常に重要である。
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手指の消毒として一番推奨されているのは、石鹸やハンドソープ等による「十分な手洗い」である。COVID-19ウイルスのRNAは脂肪膜(エンベローブ)に包まれており、石鹸等に含まれる界面活性剤によりエンベローブが破壊され、失活することが知られている。こまめに、十分時間をかけた丁寧な手洗いが有効である。
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手洗い以外の方法としては、アルコール系消毒剤が有効とされており、次亜塩素酸水や次亜塩素酸ナトリウムの手指への使用は推奨されていない点に注意が必要である。未だに次亜塩素酸水による手指消毒用ボトル等が散見されるが、次亜塩素酸水は分解しやすく、有効塩素濃度が保たれていない可能性が高い上、元々手指の消毒に適したものではない。
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2.3 飛沫感染・飛沫核感染への対策(1)マスクの着用
COVID-19に限らず、感染症対策においてマスクの着用は重要である。マスクの役割としては、(1)感染者の飛沫を周囲に撒き散らさないこと(他者への感染防止)、(2)病原体を吸い込まないこと(他者からの感染防止)という、真逆の2つの役割がある。
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1つ目の「他者への感染防止」に関しては、COVID-19が「発症の2日前から発症直後にかけて感染性が最も高く、また無症状の感染者が一定の割合で存在する」という点が重要である。すなわち、症状のない者も含めたすべての人がマスクを着用すること(ユニバーサルマスキング)が必要となる。マスクを着用することにより、仮に感染していた場合にウイルスを含む飛沫を周囲に撒き散らさないことや、飛沫によって周囲の物が汚染されることも防ぐことが可能となり、飛沫感染・飛沫核感染のみならず、接触感染のリスクも低減することが期待できる。
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2つ目の「病原体を吸い込まないこと(他者からの感染防止)に関しては、一般用のマスク(産業用の防じんマスクや、医療用マスクではないマスクという意味)では、顔とマスクの間からの漏れが存在するため、いわゆる空気感染を防止するための効果は限定的とされている。その一方で、今回のCOVID-19は飛沫粒子によるリスクが主であること、ならびにマスクの着用によって不用意に鼻や口に触れることが防止できる(接触感染防止)ことから考えると、マスク着用の効果はある程度あると考えられてきている。しかしながら、一般的なマスクの着用によって感染を完全に防ぐことはできない点には注意が必要である。
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このように、マスクの着用がCOVID-19対策として非常に重要である一方で、マスクの種類によって効果に差があることが報告されており、不織布製マスクの使用が推奨されている(ウレタン製マスクや布製マスクの効果は低い)。また、フェイスシールド、マウスシールドの効果は低く、単独での使用は推奨されないことに注意が必要である4)。
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なお、マスクの着用により熱中症のリスクが上昇するのではないかとの懸念が昨夏に取り沙汰された。この問題に関して熱中症の専門家による検討を行った結果、熱中症発症リスクに直結する深部体温の上昇はほとんどないか、あっても軽微であることが報告されている5)。このことから、防じんマスクを含むマスクの着用によって熱中症リスク自体が上昇することは考えにくい。しかしながら、暑熱環境下でマスクを着用することによってマスク内部の温湿度が上昇し、生理的不快感や疲労感が上昇する可能性は否めない。マスク着用に慣れていない人にとっては、潜在的な熱中症リスクの上昇に繋がる可能性もあることから、着用の必要性と熱中症リスクを勘案した臨機応変な対応が必要になろう。
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2.4 飛沫感染・飛沫核感染への対策(2)三密を避ける
当初、COVID-19は空気感染しないとされていたが、換気の悪い環境でのクラスター発生が複数報告されたことから、現在では飛沫核感染(マイクロ飛沫感染)する可能性が高いとされている。飛沫感染ならびに飛沫核感染を防止するために求められているのが、「密閉」「密集」「密接」のいわゆる「三密」を避けることである6)。
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- 「密閉」を避ける方法
ひとつめの「密閉」に関しては、換気状態を良好に保つことが第一である。換気回数とCOVID-19の発症リスクの間には現時点では明確なエビデンスは存在しないが、空気感染を起こす感染症である結核やはしかにおいて、換気回数が少ない(換気が不良である)と感染リスクが上昇することが報告されていることから、飛沫核感染する可能性の高いCOVID-19においても同様と考えられている。
建物や部屋に機械換気が備え付けられている場合は、適切に機械換気を稼働させることが重要である。機械換気がない場合は自然換気に頼ることになるが、風の流れができるよう、2方向の窓を毎時2回以上、一回あたり数分間開けることが有効であるとされている。
換気が良好かどうかの指標としては、室内の二酸化炭素濃度が良い指標となるとされている。二酸化炭素は在室者の呼気に含まれるため、在室者数の増加、ならびに呼吸量の増加にともなって上昇することから、同じく呼気中に含まれているウイルスによる感染リスクを推定するのに好都合である。その一方で、二酸化炭素濃度を測定できない場合、測定する手段がない場合も考えられるが、そういった場合に用いることができる換気シミュレーターを日本産業衛生学会 産業衛生技術部会が開発・公開している7)。これは在室者の人数、活動状態、換気量(換気量が不明な場合あるいは機械換気がない場合は推定値)を用いてシミュレートするものであり、適切に用いることで簡易的に換気状態の良否を見積もることができる。
COVID-19における換気については、日本建築学会ならびに空気調和・衛生工学会がQ&A形式で文書を出しているので、参考にしてほしい8)。
- 「密集」を避ける方法
ふたつめの「密集」を避ける方法としては、人と人との距離を適切に保つ(目安としては2m以上)ことが求められる。特に、マスクを外す食事時のリスクが高くなる傾向にあるため、職域では食堂での密集を避けることが非常に重要となる。定員制限を行う、向かい合わせに座らない、千鳥配置になるように椅子の使用を制限するなどの方法により、リスク低減を図る必要がある。また、業務時間外(昼休みを含む)の感染リスク低減も重要であり、業務時間外の行動指針を示すことが必要となる。
- 「密接」を避ける方法
密接した環境でマスクを外して会話等の行為をすることは、会話をするときに飛散するつばやしぶきを他の人が吸い込む飛沫感染のリスクが非常に高いとされている。マスクを着用した上で十分な距離を保つことが重要である。エレベーターや電車など、人との距離が近くなる場合には、会話や携帯電話での通話は控えるなど、対処が必要となる。
以上のような方法により、職域における感染リスクは低減することが可能になると考えられる。実際に職場にて実施する際には、厚生労働省のチェックリストを用いた確認をすることも有用である 9)。
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