本稿では、近年の熱中症対策情報のアップデートとして、今年4月20日に厚生労働省より発出された通達「職場における熱中症予防基本対策要綱」1)と、その元となっているJIS Z 8504:2021(2021年3月改定)2)について、従来の通達との相違点を中心に解説するとともに、昨年来問題となっている新型コロナ対策と熱中症の関係についても考えていきたい。
このほど、厚生労働省より新たな熱中症対策指針として、「職場における熱中症予防基本対策要綱」が発出された(令和3年4月20日 基発0420第3号1))。従来の通達からの変更点は、「WBGTの算出式」、「WBGT基準値表」、ならびに「着衣補正値」となっており、これらは本年3月に改定・発行されたWBGTに関するJIS(JIS Z 8504:20212))の改定内容に沿ったものである。本通達の発出にともない、これまで用いられてきた熱中症対策に関する通達(平成17年7月29日付け基安発第0729001号4)および、平成21年6月19日付け基発第0619001号5))は廃止された。
以下、今回の通達における変更点を中心に解説する。
WBGTの算出式の変更
暑熱環境を把握・評価するために一般的に用いられている指標は、WBGT指数(湿球黒球温度、Wet Bulb Globe Temperature)と呼ばれるものである。これは暑熱環境における暑熱ストレスの度合いを判断するために用いられる指標である。
従来、WBGTの算出式は、「屋内及び屋外で太陽照射のない場合」と「屋外で太陽照射のある場合」の2区分によって異なる算出式が規定されていた。これは改定前のJIS Z 8504:1999によるものであったが、改定後のJIS Z 8504:2021にて算出式の区分が変更となったことから、「日射のない場合」と「日射のある場合」に変更となった。すなわち、屋外・屋内という「測定場所による区分」ではなく、「日射の有無」による区分となっている。
なお、WBGT測定器の多くは「屋内モード(IN)」「屋外モード(OUT)」の切替式となっているが、実際の使用時にはこれを「太陽照射のない場合」「太陽照射のある場合」と読み替える必要が生じる。また、どちらにすべきか迷ったときには、「屋内モード」(太陽照射のない場合)にしておくことにより、若干高めの数値を示すため、安全である。
着衣補正値の変更
着用している衣類によっては、熱のこもり方が標準的な作業着とは異なるため、着衣による補正値をWBGT測定値に加えて評価する必要がある。従来の通達においても着衣補正値は規定されていたが、ACGIH TLVにおける規定を参考としたもの(6段階)であった(表4)。これが今回の通達では、JIS Z 8504:2021にて規定されたものに沿った形に変更となり、区分も10段階に拡充された(表5)
たとえば、「単層のポリオレフィン不織布製つなぎ服」を着用している場合、着衣補正値は「2℃」となるため、WBGT測定値が26℃であった場合は26+2=28℃となる。
この表の使い方としては、①作業者が着用している作業服に応じて、測定されたWBGT値に上乗せする(作業者別の対応)、②着用している作業服に応じて、WBGT基準値表自体を書き換える(作業場所別の対応)が考えられる。作業者によって着衣状況が異なる場合は①、特定の作業場における着衣が決まっている場合は②がお勧めである。
4 今回通達が改定された背景
WBGTについて定めた国際規格はISO7243であり、WBGTの概要、原理、測定方法、WBGTの基準値等が規定されている。長らく1989年に規定された第2版(ISO7243:1989)が用いられて来たが、2017年に大幅な改定がなされ、第3版(ISO7243:2017)となっている6)。一方、わが国ではISO7243:1989に対応した翻訳JISである初版(JIS Z 8504:1999)が長年用いられてきたが、ISO7243の改定を受けて改定作業が進められ、本年(2021年)3月に第2版(JIS Z 8504:2021)が発行された2)。翻訳JISであるため、対応国際規格であるISO7243の改定箇所がそのまま反映されており、大幅な改定となっている。今回、通達が改定されたのは、ISO7243ならびにJIS Z 8504が改定されたことによる。
International Standard Organization:Ergonomics of the thermal environment-Assessment of heat stress using the WBGT(wet bulb globe temperature)index. ISO 7243:2017.
RAYMOND J. ROBERGE, JUNG-HYUN KIM and AITOR COCA:Protective Facemask Impact on Human Thermoregulation:An Overview. Ann. Occup. Hyg. 56⑴102―112, 2012.
Ken PARSONS:Heat Stress Standard ISO 7243 and its Global Application. Industrial Health 44, 368―379, 2006