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熱中症対策アップデート~JIS規格改定に伴う厚生労働省通達ならびに、Covid-19対策における熱中症対策について~
spacer.gif (独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所
 環境計測研究グループ 上席研究員
 齊藤 宏之
1 はじめに
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 熱中症は夏季の暑熱環境下における労働災害のかなりの割合を占めており、対策が急務となっている。熱中症は高温多湿環境下において体内の調整機能に破綻を来すことによって生じる傷害の総称であり、対応を誤ると現代の最新医療をもってしても救うことが出来ない重大な症状となってしまう反面、きちんと熱中症防止対策を行い、仮に熱中症が発症したとしても適切な処置を行えば確実に救うことが出来るとも言われている。加えて、昨年来猛威を奮っている新型コロナウイルス感染症(COVID19)対策でマスクの着用が求められており、それによる熱中症リスクの上昇が取り沙汰されている。
  本稿では、近年の熱中症対策情報のアップデートとして、今年4月20日に厚生労働省より発出された通達「職場における熱中症予防基本対策要綱」1)と、その元となっているJIS Z 8504:2021(2021年3月改定)2)について、従来の通達との相違点を中心に解説するとともに、昨年来問題となっている新型コロナ対策と熱中症の関係についても考えていきたい。
 


2 職場における熱中症発生状況の概要
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 職場における2005年~2020年の熱中症発生状況(休業4日以上の死傷者数ならびに死亡者数)を図1に示す3)。労働現場での熱中症は、昭和20~30年代においては炭鉱や製鉄所などの高温多湿あるいは強い熱放射のもとでの重労働において多発していたが、その後炭鉱の閉山や作業環境の改善などに伴い熱中症の罹災者も減少し、労働衛生上の問題点としてはほとんど注目されなくなっていた。ところが1994(平成6)年~1995(平成7)年の記録的な猛暑により、屋外労働者を中心に熱中症が多発した(1994年:死亡者数20人、1995年:同24人)ことにより、改めて労働衛生上の問題点として浮上してきたという経緯がある。ここ近年において労働現場における熱中症死亡者数が最も多かったのは2010(平成22)年の47名で、次いで2013(平成25)年の30名、2015(平成27)年および2018(平成30)年の29名となっており、いわゆる猛暑、酷暑と呼ばれた年に死亡者が多く発生し、逆に冷夏と呼ばれる年には少なくなっていることがわかる。このように、気象状況によって大きく左右されるのが夏季の熱中症の特徴であるといえる。一方で労働現場における休業4日以上の死傷者数の推移を見ると、猛暑であった2010(平成22)年に656人という人数になった後、若干少なく推移はしているものの、猛暑・冷夏といった気象状況とはあまり関係なく400~500人台を推移しており、高止まりの傾向にあったが、2018(平成30)年に1,128人と急増しており、その後2019年、2020年も高止まりが続いている状況である。
 また、業種別に見ると建設業、製造業における熱中症死傷者数が多く、ついで運送業、警備業となっている(図2)。クレーン作業が想定される業種での熱中症発生が多いことから、引き続き注意が必要である。
 


3 厚生労働省通達「職場における熱中症予防基本対策要綱」の概要
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 このほど、厚生労働省より新たな熱中症対策指針として、「職場における熱中症予防基本対策要綱」が発出された(令和3年4月20日 基発0420第3号1))。従来の通達からの変更点は、「WBGTの算出式」、「WBGT基準値表」、ならびに「着衣補正値」となっており、これらは本年3月に改定・発行されたWBGTに関するJIS(JIS Z 8504:20212))の改定内容に沿ったものである。本通達の発出にともない、これまで用いられてきた熱中症対策に関する通達(平成17年7月29日付け基安発第0729001号4)および、平成21年6月19日付け基発第0619001号5))は廃止された。
 以下、今回の通達における変更点を中心に解説する。
  1. WBGTの算出式の変更
     暑熱環境を把握・評価するために一般的に用いられている指標は、WBGT指数(湿球黒球温度、Wet Bulb Globe Temperature)と呼ばれるものである。これは暑熱環境における暑熱ストレスの度合いを判断するために用いられる指標である。
     従来、WBGTの算出式は、「屋内及び屋外で太陽照射のない場合」と「屋外で太陽照射のある場合」の2区分によって異なる算出式が規定されていた。これは改定前のJIS Z 8504:1999によるものであったが、改定後のJIS Z 8504:2021にて算出式の区分が変更となったことから、「日射のない場合」と「日射のある場合」に変更となった。すなわち、屋外・屋内という「測定場所による区分」ではなく、「日射の有無」による区分となっている。
     なお、WBGT測定器の多くは「屋内モード(IN)」「屋外モード(OUT)」の切替式となっているが、実際の使用時にはこれを「太陽照射のない場合」「太陽照射のある場合」と読み替える必要が生じる。また、どちらにすべきか迷ったときには、「屋内モード」(太陽照射のない場合)にしておくことにより、若干高めの数値を示すため、安全である。
  2. WBGT基準値表の一部変更
     測定によって得られたWBGT指数を評価し、作業管理や作業規制を検討するために用いられるのがWBGT基準値表である。これは身体作業の強度、ならびに暑熱順化の有無によって「熱中症のおそれのある危険な状況であるかどうか」を示すための目安であり、直腸温が38℃を超えないように設定されている。測定されたWBGT値に、後述する着衣による補正値を加えた数値がこの基準値を超えている場合は、熱中症発症のリスクがあるとして、何らかの対応が必要とされている。
     従来の通達では、高代謝率及び極高代謝率において「気流あり」「気流なし」の区分が設けられていたが(表2)、これが削除され、従来の「気流あり」の値に一本化された(表3)。全体としての変更は軽微であるが、該当する作業がある場合においては注意が必要である。
  3. 着衣補正値の変更
     着用している衣類によっては、熱のこもり方が標準的な作業着とは異なるため、着衣による補正値をWBGT測定値に加えて評価する必要がある。従来の通達においても着衣補正値は規定されていたが、ACGIH TLVにおける規定を参考としたもの(6段階)であった(表4)。これが今回の通達では、JIS Z 8504:2021にて規定されたものに沿った形に変更となり、区分も10段階に拡充された(表5
     たとえば、「単層のポリオレフィン不織布製つなぎ服」を着用している場合、着衣補正値は「2℃」となるため、WBGT測定値が26℃であった場合は26+2=28℃となる。
     この表の使い方としては、①作業者が着用している作業服に応じて、測定されたWBGT値に上乗せする(作業者別の対応)、②着用している作業服に応じて、WBGT基準値表自体を書き換える(作業場所別の対応)が考えられる。作業者によって着衣状況が異なる場合は①、特定の作業場における着衣が決まっている場合は②がお勧めである。
 


4 今回通達が改定された背景
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 WBGTについて定めた国際規格はISO7243であり、WBGTの概要、原理、測定方法、WBGTの基準値等が規定されている。長らく1989年に規定された第2版(ISO7243:1989)が用いられて来たが、2017年に大幅な改定がなされ、第3版(ISO7243:2017)となっている6)。一方、わが国ではISO7243:1989に対応した翻訳JISである初版(JIS Z 8504:1999)が長年用いられてきたが、ISO7243の改定を受けて改定作業が進められ、本年(2021年)3月に第2版(JIS Z 8504:2021)が発行された2)。翻訳JISであるため、対応国際規格であるISO7243の改定箇所がそのまま反映されており、大幅な改定となっている。今回、通達が改定されたのは、ISO7243ならびにJIS Z 8504が改定されたことによる。
 


5 新型コロナウイルス感染症対策と熱中症
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 2019年暮れに発生した新型コロナウイルス感染症(COVID―19)は猛威を奮っており、本報の執筆時点においても収束する気配を見せていない。引き続き、三密の回避やマスク着用などの対応を求められるものと思われる。その一方で、2020年夏にはマスクにより熱中症リスクが上昇するのではないかという問題が取り沙汰された。
 これに関して、既に報告されているマスクによる熱負荷に関する論文7)8)を調査したところ、呼吸保護具として用いられているマスクの着用において生じる熱負荷は軽微であり、表5で示したCAVに換算すると0~1℃の範囲内に収まると考えられる。これは、表4に示した着衣補正値表においてマスクの補正値が掲載されていないことからも伺える。
 また、昨年9月にオンライン開催された日本産業衛生学会温熱環境研究会のシンポジウムにおいても、マスクによる深部体温の上昇はほとんどないか、軽微であるとの報告がなされている9)。したがって、現時点では呼吸用保護具を含むマスクの着用によって熱中症リスクが上昇することは考えにくく、防じんマスク等の着用が求められる現場においては、従来どおり着用する必要があると考えるべきである。但し、その一方でマスク内部の温度や湿度が上昇することによる生理的不快感や疲労感が上昇する可能性も指摘されており、マスク着用に慣れていない人にとっては、暑熱環境下でのマスク着用が熱中症リスクになりうる可能性も考えられる。引き続き、COVID―19対策が求められる状況下に置いては、着用の必要性と熱中症リスクを考慮した臨機応変な対応が求められる。保護具の提供側においては、ユーザーへの適切な情報提供が求められる。
 なお、マスク着用時における「呼吸のしやすさ」を考慮して、弁付きのマスクを着用するケースも見受けられるが、COVID―19対策における、呼吸によって汚染物質を外にばらまかないことが目的のマスクと、有害物質の吸入防止を目的とした呼吸用保護具では、求められる機能が逆である。たとえば、排気弁付きの防じんマスクは吐く息が弁を通るため、COVID―19対策で求められている「周囲への汚染防止」の目的には不適当である。この点、通常の防じんマスクに求められている機能とは異なることに注意が必要である。
 


おわりに
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 熱中症対策に関する近年のアップデートと、昨年来対策が求められているCOVID―19対策と熱中症リスクについて解説した。今後も熱中症は夏季労働環境の深刻なリスクとなることは避けられず、COVID―19に関しても当分の間は対策が求められると考えられる。引き続き、注意深く対処することが求められる。
 


参考文献
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  1. 厚生労働省労働基準局:職場における熱中症予防基本対策要項の策定について.令和3年4月20日付け基発0420第3号,
    https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000633853.pdf(2021/4/26確認)
  2. 日本産業規格:熱環境の人間工学―WBGT(湿球黒球温度)指数を用いた熱ストレス評価.JIS Z 8504:2021.
  3. 厚生労働省労働基準局:2020年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(2021年1月15日 時点速報値),
    https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/000746679.pdf(2021/4/26確認)
  4. 厚生労働省労働基準局:熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について.平成17年7月29日 基安発第0729001号(令和3年4月20日付で廃止)
  5. 厚生労働省労働基準局:職場における熱中症の予防について.平成21年6月19日 基発第0619001号(令和3年4月20日付で廃止)
  6. International Standard Organization:Ergonomics of the thermal environment-Assessment of heat stress using the WBGT(wet bulb globe temperature)index. ISO 7243:2017.
  7. RAYMOND J. ROBERGE, JUNG-HYUN KIM and AITOR COCA:Protective Facemask Impact on Human Thermoregulation:An Overview. Ann. Occup. Hyg. 56⑴102―112, 2012.
  8. Ken PARSONS:Heat Stress Standard ISO 7243 and its Global Application. Industrial Health 44, 368―379, 2006
  9. 永島 計,加藤一聖,増田雄太:体温生理学の立場からみたマスク熱中症の真偽―理論的シミュレーションと実験的考察―.2020年度第2回日本産業衛生学会温熱環境研究会 シンポジウム抄録p.6―7, 2020,
    http://square.umin.ac.jp/onnetsu/files/2020_2nd_abstract.pdf(2021/4/26確認)
 


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