作業手順書の作成と活用
中央労働災害防止協会
中国四国安全衛生サービスセンター
四国支所 専門役 安全管理士
間森 朗
1 はじめに
作業手順書は、作業の「ムダ、ムラ、ムリ」をなくして、だれが行っても「安全で、良い品質で、安いコストで、能率よく」作業ができるための文書になります。雇い入れ時の安全衛生教育や職長等の安全衛生教育では、「作業手順に関すること・作業手順の定め方」の教育項目があることから、作業手順の内容や作成方法についての知識は持たれていることと思います。しかし、作成の仕方が分からない、作成が進まないといった声も聞くこともあります。また、手順書はあるものの読む気が失せてしまう様な文字だけのものや現場の実態とかけ離れているにも関わらず、改訂されないままロッカーに眠っている手順書も少なくありません。
作業手順書は安全を確保する上でなくてはならないものであることから、ここでは、「使える」、「守られる」手順書作成のポイントと手順書の作成をきっかけとした働きやすい職場づくりの進め方について話を進めて行きます。
2 作業手順書の重要性
作業手順書がなかったり、作業手順書に規定された手順を逸脱したことによって大きな事故や災害に至った事例が数多くあります。1999年9月に茨城県東海村の核燃料加工施設で発生した臨界事故は、作業手順を勝手に変更したことで臨界状態が発生し、作業員2人が死亡し、地域住民を含む600人以上が被ばくするという災害となりました。
このような災害が発生すると、企業には社会的責任に加えて刑事・民事・行政・補償上の責任が発生します。労働安全衛生法では労働災害防止のために事業者に対してさまざまな措置が定められており、刑事上の責任として違反には罰則が加えられる事になります。まず労働基準監督署の立ち入り調査では、最初に作業手順書の有無が問われますが、その作業の作業手順書がなければ作業手順書作成に向けた「指導票」が出されたり、作成していても作業手順書に不備があったり、法違反等があれば「是正勧告書」が出されることになります。
このように作業手順書は極めて重要な位置付けとなっていますが、上記の臨界事故の様に核燃料加工という危険な作業であるにも関わらず、せっかく作られた手順書を守らずに作業がなされていることを考えると、作成するだけでなくその後の運用についてのルールや繰り返しの教育、適宜見直しを行うことにより生きた作業手順書にする必要があることを理解いただけると思います。
3 作業手順書の変遷
技術の伝承は、「技は盗め・見て覚えろ」式の指導や「けがと弁当は自分持ち」と言われた徒弟制度により受け継がれてきましたが、その後の近代化の流れに沿って品質管理の面から捉えた「QC工程表」と安全を確保するための「安全作業手順書」が別建てのものとして作成されるようになりました。さらに戦後アメリカから品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)を確保するための品質管理の考え方や手法が導入されてからは、作業手順書といえば「QC工程表」を意味することが多く、その後、日本企業のものづくりの基盤を成すことになります。
1972年に労働安全衛生法が施行され、安全(Safety)確保のための要求事項を強化するにあたり、その効率面から「QC工程表」と「安全作業手順書」をドッキングさせて、安全衛生上のポイント(急所)を盛り込んだ作業手順書が作成されるようになりました。
今では環境(Environment)保全のための要求事項も織り込んだ、S、Q、C、D、Eの5項目を確保するための作業手順書の作成が必要となってきています。
4 作業手順書の種類と特徴
作業は、一般的に「定常作業」と「非定常作業」に大別され、「定常作業」は、概ね同じ作業方法で日常的に繰り返して行う作業を言います。また、「非定常作業」は、繰り返し性はあるものの比較的作業頻度が低い作業および作業ごとに作業方法が異なるものの予定して行う「計画的非定常作業(10日に1回程度未満)」に加えて、突発的に発生して緊急対応しなければならない「緊急作業」に分けられます。
重大な労働災害は、補修工事のような「非定常作業」で多く発生しており、非定常作業では、ベテラン社員による「経験」と「勘」による対応が多くなるために、つい手順を間違えてしまうことで災害につながりやすくなります。このため「非定常作業」であっても、できるだけ作業手順書の作成が重要となります。
5 作業手順書の様式
ここでは、定常作業に対して定める作業手順書のうち、特に安全確保を優先する基本的な作業手順書の作成方法について説明します。
生産や修理など幅広く活用できる一般の作業手順書の様式としては、
図1
に示した作業の手順ごとの「安全」「品質」「生産」の1要素の急所(成否・安全・やりやすさ)を織り込んだものを使用します。ここで注意すべきなのは、作業手順書は過去の反省を踏まえたものでなくてはならないため、作業手順書を改定する必要が生じた場合にはその改定履歴(改定理由と改定内容)を明確にしておくことが重要になります。それは作業手順書が、安衛法令と同じく「先人の血で書かれた文字」でもあり、現在の作業手順の経緯を無視して安易に手順を変えると重大な災害や事故につながることであり、その事を作業者に伝えておく必要もあります。
しかし、作業手順書の中に改定履歴を詳細に記そうとすると、膨大な資料となってしまい実用的ではないため、作業手順書には改定履歴番号のみ記載して、「帳票類改定記録表」(
図2
)などとして、別管理することをお勧めします。
6 作業の分類
様式が決まったら、次は作業手順書を作成しようとする作業について、大分類(まとまり作業)、中分類(単位作業)、小分類(要素作業)の₃種類程度に分類します。本の構成で言えば、大分類が「大見出し(章)」、中分類が「中見出し(節)」、小分類が「小見出し(項)」となります。
例として、大分類(まとまり作業)である「金属粉末原材料の受け払い作業」の場合であれば、
図3
のようになり、ここで言う小分類の要素作業が、作業手順書の作業名ということになります。
7 作業手順書の作成手順
作業手順書の作成は、①対象作業の決定②作業の分解③最も良い順序に並べる④手順ごとの急所の検討の4つのステップで進めます。
①対象作業の決定
まず、作業手順書を作成する優先順位を決める必要がありますが、この場合には必要だと思われている作業または災害や事故の発生した作業から作成すればよく、一般的な優先順位付けは、作業分類表(
表1
)などを活用し、小分類ごとに「危険度(ケガの発生のしやすさとケガの大きさから概念的に判断)」と、「作業頻度」を評価して優先順位を決めます。
この例では、「危険度」と「作業頻度」をABC分析(ABCの1つにランク分けして整理する方法)して、その組み合わせで評価しています。ここでは、最近災害が発生した中分類(単位作業)の「払い出し作業」の中の小分類(要素作業)である「コンテナの積み込み作業」について作成することにします。
②作業の分解
作成を決定した小分類(要素作業)を、さらに細かい作業(これが「手順」になります)に分解します(
図4
)。そのとき、本作業だけでなく準備作業や後始末作業も含めて漏れがないように、実際の作業を見ながら検討することをお勧めします。手順は、「何をするか」という動作を表すため、名詞と動詞で表現しますが、その場合には、
☑見やすく、読みやすく、分かりやすいこと
☑実際に現場で、その作業をする人全員が実行できる内容であること、に留意することが必要です。
③最も良い順序に並べる
手順に分解できたら、各手順について次のチェック項目ごとに確認してチェックを入れていき、改善すべき問題があれば具体的な改善方法を検討して、最終的な手順を決定します。
手順を省けないか?
設備や治具・取付具などの改善をしたり、作業手順を組み合わせたり、作業方法を変えるなどによって、作業手順を省いたり統合できないか
手順の順序はこれでよいか?
手順どおり作業すれば、1つの動作から次の動作にスムーズに移れるか
前後の手順を入れ替える必要はないか
姿勢にムリはないか?
中腰や背伸びなど、ムリな姿勢で作業しなくてもよいか
重量物の運搬など、ムリな作業をしなくてもよいか
急いでしなければならないムリな動作はないか
極度に緊張しなければならない動作はないか
ムダな動作はないか?
作業者の手足の有効範囲内で作業できるか
できるだけ重力を利用するようになっているか
作業分担はよいか?
2人以上で作業する場合に、手順ごとに作業者を入れ替える必要はないか
④手順ごとの急所の検討
最後に、各手順ごとの「急所」の設定になります。「急所」は、その動作を「どのようにするか」を示したもので、成否・品質(手順ごとに作業がうまくできるか)、安全・衛生(ケガや病気の恐れはないか)、やりやすさ(作業をやりやすくするための勘やコツは)の₃つのポイントを、「○○して」のように副詞的に表現します。そのとき注意すべきことは、「○○しないで」という否定的な表現を用いないことになります。また、「ゆっくり」とか「適度に」のような抽象的な表現は控え、数値や写真・イラスト等を活用して、具体的な表現となるように心掛けることが重要になります。
なお、「手順」と「急所」をつなぐと一つの文章になるように表現すると、分かりやすくなります。
続いて、急所の中から、指差し呼称によって確認することが必要なものを決めて、指差し呼称をする急所に(指)や、指マークと指差し呼称項目(「スイッチ切りヨシ!」など)を記入します。この場合、項目数が多すぎると実践に結び付きにくくなるため、重要なものに絞りこむことが大切になります。
8 トライアルの実施
様式の全ての項目の記入が完了したら、全体を通して曖昧や抽象的な表現の仕方などの問題がないかをチェックし、問題部分があれば修正を行います。
作業手順書ができたら、実際にその作業手順書に記載されているとおりの作業を行ってみて内容の確認を行いますが、一人ではなく複数人で実施することをお勧めします。また、他の職場で同じ作業を行っている人がいれば、その人の意見を聞くことも必要になります。
9 作業手順書の承認
作業手順書は事業者の責任で作成していることから、事業者責任の権限代行者である職長がその内容を確認し、所属長である管理者の承認を受けて決定する必要があります。
そのことを作業者に納得させておけば、手順書の内容を勝手に変更することはありません。また、変更する必要が生じた場合には、職長の確認と管理者の承認が再度必要とするルールも徹底しておく必要があります。このようにすれば、実践的で効果的な作業手順書になります。
10 作成に際して留意すべきこと
作業手順書を作成する際には、次のことに留意する必要があります。
⑴ 作業者全員にその目的と内容を納得させておくこと
職長が一方的に作ったものでは、作業者の理解が追いつかず、作業の効率化を妨げるものとなってしまうためにしだいに守られなくなります。これに対して作業者自身も参画して作成した手順書とすれば、作業者にとって手順書は守るべきものとなり、作業意欲も高めることができ効率向上につながります。
⑵全職場で一斉に取り組むこと
災害防止のためには、人ごとを自分ごとにする職場の雰囲気作りを育てる必要があります。すべての職場で作業手順書を作ることで、職域を超えてのコミュニケーションを活性化させることができ、不安全な行動への声掛けにもつながりますので、危険・有害性の高い作業から作成することをお勧めします。
⑶手順書を開かせる工夫を盛り込むこと
文章だけの読ませる手順書では開くのが嫌になりますし、理解に個人差が起きてしまう事にも繋がりますので、作業者自らが作成した図や手書きのイラスト、モデルとなった写真などを活用して分かりやすくイメージしやすい構成にします。
特に、設備の構造や作業位置などが分かりにくい場合には、配置図やイラスト、写真などを入れることで正しく理解できるようになります。
11 作業手順書の活かし方
作業手順書は、新入社員や配置転換者への技能教育の指導書として、OJT時に活用することで作業の基本技能を身に付けさせることができます。そのためには、職長や指導者が手順書をもとに「やって・やらせて・褒める(評価する)」ことを繰り返すことが大切になります。雇用環境の変化に伴って職場には、経験の浅い高年齢者や女性、外国人が目立つようになってきた今だからこそ作業手順書を使って、早く戦力とするための重要なツールになってきています。
そこで作業手順書を作業に活かすためには、次のような工夫をこらすことが必要になります。
⑴作業手順書ごとにクリアケースなどに入れ、整理番号別にラックなどに仕分けて保管することで日々の作業に活用しやすくなります。
⑵危険性の高い作業や守られていない作業手順書があれば、職場改善のチャンスです。作業者を集めて内容を確認し、なぜ守られないのか、どうすれば守られるかを話し合って、作業手順書を改定することで作業の方法が改善されるだけでなくコミュニケーションの取れた働きやすい職場にすることができます。
⑶ファイルの中にあることを知っていてもそれを探して開くのは手間になります。そのため忘れてはならないこと、守らなければならないことなどを抜き出して箇条書きにした、安全ポイント集や厳守項目ポケットカードを作成し、常時携帯させたり作業位置に掲示して常に目にとまるようにするなどの工夫が必要になります。
また、始業ミーティング時に項目を唱和することで意識の向上にもつながりますが、職長は唱和を行う事が目的にならない様に注意する必要があります。
⑷作業手順書は一度作れば終わりというものではなく、設備や原材料、作業環境などの変化に応じて、適宜見直して改善する必要があります。
そのため重要な作業については、期間を決めて定期的にチェックする様に計画しておく必要があります。特に、労働災害やヒヤリ・ハット、トラブル発生時などには、作業手順のどこに問題があったのか、急所に不備はなかったのかなどについて現場で検証し確認することが重要となります。
12 おわりに
以上、安全確保を優先する基本的な様式を用いた作業手順書の作成の仕方について説明してきました。
作業手順書は作ることが目的ではなく、それを使用して安全に効率的に作業を進めることにありますし、そもそも手順書が使われなくなったには理由があるはずです。その原因をうやむやにしたままではせっかく作った手順書も数年後には眠りについてしまうことにもなりかねません。そうならないためにも作業手順書の作成や見直しをきっかけとして、安全衛生の管理体制そのものの見直しも進められることをお勧めします。
参考文献
基礎からわかる作業手順書(中村昌弘著・中災防発行)
職長・作業リーダーのための作業手順書作成マニュアル(中村昌弘著・中災防発行)
職長の安全衛生テキスト(中災防編・発行)
安全衛生のひろば2020年11月号(中災防発行)