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従業員の健康管理におけるDX
spacer.gif ㈱エヌ・エイ・シー
 ヘルスケア事業本部
 産業保健担当シニアマネージャー
 中村敬和
1 はじめに
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 産業のデジタル化や企業のグローバル競争が進む中,働き方改革やストレスチェック制度の創設などが行われている。さらにコロナ禍で在宅勤務・リモートワークも進んでいるが,現場の作業者は感染対策をしながらも業務を進捗していかなければならない。これらの環境変化に伴って,衛生管理・産業保健の業務は一層複雑化すると同時にスピードも求められつつある。業務の効率化や効果向上のみならず企業のリスクマネジメントを向上させるためにも,ICTの利活用やDXは避けて通れない状況にあると言える。(ICT:Information & Communication Technology の略,情報通信技術のこと)(DX:Digital Transformation の略,デジタル技術の活用によって企業のビジネスモデルを変革すること)
例えば
  • 健診結果は、健診機関から来た紙のまま保管してある
  • 面談記録はファイルして保存している
  • 作業環境の把握と対応は、本人および部署に任せている
  • ストレスチェックは、法令に則り最低限実施している
 という企業は、いまだ多く存在する。
 これらは法令違反には当たらないものの、①広義の意味でのコンプライアンス、②リスクマネジメント、③生産性の向上という経営課題に照らしてみると、この状態では改善が必要と言える。以下、健康管理システムを多くの企業に提供してきた知見から、労働安全衛生の5管理の中の健康管理を中心に課題と対策を見ていく。(5管理:健康管理、作業管理、作業環境管理、総括管理、労働衛生教育)
 衛生管理者のみならず、産業医や産業看護職が居たとしても、データが一元管理できていないと効率が悪い上に、重要なことが可視化されずに見落としてしまうリスクもある。
 一方、データの一元管理やICTの利活用をしようとしても、以下に述べるような課題も存在する。
 


2 健診データの課題と対策
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 健診データ管理の中で大きな課題は、健診データが健診機関ごとに違うということである(図1参照)。健診結果は、2008年から保険者向けではXMLファイルという標準規格で電子化されているが、そのファイルを労働衛生・産業保健に使うには診断区分(判定)や視力・聴力・胸部等のデータが不足してしまう。
 近年、健診機関(医療機関)から企業にCSVファイル等のデータでもらえるようになってきたが、標準規格がないために健診機関ごとに、健診項目名称・並び順・表記方法・単位・全角/半角等がばらばらで統一して管理しようとすると相当の労力を要する。また診断区分判定も、健診機関ごとに異なっている。全国的に統一しようという動きもあるが、実際に全国で流通するに至るには相当の年数を要すると推測される。
 これを解決するための対策としては、以下の3つの方法が考えられる。
① 健診(事務)代行機関に委託する
 近年では、企業や保険者から健康診断業務をまるごと委託できる事業者が増えてきている。この健診(事務)代行機関は、健診の予約から実施、データの取りまとめ、請求の取りまとめまで行ってくれるので、企業側は効率的に健診を管理できる上、データも統一したものが提供してもらえる。
 難点は費用であるが、従業員数1万人を超えるような企業や保険者でないと、健康診断自体の費用に上乗せして、それに近い費用を支払う必要が出てくる。また保険者の補助を利用している場合には、自健保の契約健診機関と健診代行機関の契約健診機関が異なる場合があり、注意を要する。
② 健診機関に取りまとめを依頼する
 本社や工場など従業員の集約比率が高い場所で健診を委託している健診機関に、全国の事業所の健診のとりまとめを依頼することができる。健診機関によっては、上記のようなネットワーク健診と呼ばれるサービスを実施しているところも増えてきている。
 費用的には、データの取りまとめのみ依頼するのか、支払いも一括にするのかによって異なるが、①の方法よりも費用的に低く抑えられる場合もある。
③ 健診データのみ統一する
 数十名規模で依頼している健診機関であれば、相談・交渉により、CSVファイル(カンマ区切りファイル)でもらえるようにする。受領したデータは健診機関によってそれぞれ異なることから、市販の健診データ変換ツールを活用して、自ら変換・統一を行う(図2参照)。
 数名しか受診していないとデータで出してくれる可能性が少ないため、自ら表計算ソフトで打ち込むか、データ入力事業者(俗にいうパンチ業者)に入力を依頼することになる。ただし「安かろう~」で品質の悪い事業者に当たってしまうと、健診結果を取り違えるミスなど大きな問題が起きてしまうかもしれないので、注意が必要である。
 また健診結果票の原本は、スキャナーで取ってPDF等のファイルで管理することにより、紙の二重管理や移動などを抑制することができる。
 


3 健康管理システムの選定の課題と対策
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 課題の2つ目は、衛生管理・健康管理の効率化や効果向上を狙って健康管理システムを導入する時に、自社に合ったシステムの選定が難しいということである。
 ストレスチェックや保険者の特定健康診査は、厚生労働省より手引き・マニュアルやガイドラインなど細かな規定があり、システム開発はその規程に則って開発されているので、ベンダー各社もかなり似かよった仕様になっている。
 一方、労働衛生・産業保健は法律や担当者規則はあるが、上記のような業務マニュアル的な標準や規程がなく、各社各様である。これら各社各様の業務の要望をすべて聞き入れて最小公倍数的なシステムを開発すると、かなり複雑で高価なものになってしまい、衛生管理者や産業保健スタッフでは使いこなせないという状況も多い。
 この対策としては、まず基本業務をベースにシステムを導入することが挙げられる(図3参照)。
 先に記述したように各社各様の労働衛生・産業保健業務について、システムを導入する場合、その目的や何の業務をどのようにするためにシステムを導入するかを明らかにする必要がある。
 健診結果の処理・管理・活用と面談は、業務の中でも多くの時間比率を要しているため、効率化のターゲットになりやすい。データの一元化により多くの紙の中から検索・抽出する時間を効率化することや適切な分析を行うことにより、企業としての従業員の健康管理リスクを低減させることができる。
 例えば、以下の①~⑤のような基本業務=要件に絞って、シンプルなシステムを導入するというものである。
  1. 健診結果のデータ・ストレスチェック・残業時間を取り込み:
    変換・統一した健診データCSVファイルの取込
  2. 健診データの種別ごとの経年管理:
    定期健診、雇入れ健診、人間ドック、特殊健診等の種類ごとに経年で管理・表示
  3. 要管理対象者の検索・抽出:
    未受診者、有所見者、医師の指示対象、受診勧奨対象者、就業制限対象者
  4. 面談の記録:
    健診事後措置面談、過重労働面談、メンタルヘルス(ストレスチェック含む)面談、休復職面談など
  5. 労働基準監督署への報告(様式6号):
    事業場ごとに労基署への報告データの集計
     さらに、近年では、⑥~⑨にあるような要件も企業により必要となる。これらは企業により管理方法も異なるので、業務内容を理解できるベンダーのオプションやカスタマイズで依頼することが失敗しないシステム導入となる。衛生管理者や産業保健スタッフが、全ての仕様を決めることは現実的ではないので、提案ベースで開発できるベンダーの選定が重要である。
  6. 特殊健康診断の管理:
    作業と有害事象・特殊健診・問診のマトリクス管理、作業歴の管理、労働基準監督署への報告(様式2号・3号・8号等)
  7. 過重労働管理:
    残業時間等の勤怠情報からのリスクと健康管理上のリスクを勘案し、産業医面談等の優先順位を決める。
  8. 就労判定支援:
    健診の事後措置のため、当年の健診データのみを見て就労判定を付ける場合もあるが、経年の健診結果に留まらず、近年では上記の勤怠情報やストレスチェック、面談等の経過など様々な情報を見た上で、産業医に判定してもらうケースが増加している。言うまでもないが、職場巡視や衛生管理者からの情報も重要である。
  9. 事業所の情報共有:
    事業所数が多い企業では、各事業所の事業所長や衛生管理者と本社の統括が従業員の情報をうまく共有できる画面を作成し、健診が未受診になることを防いだり、医療機関への受診状況を確認したりできるようにする。
 健康管理システムの導入の形態としては、システムを購入して自社内に置き運用する「買い切り型(オンプレミス)」と、事業者が運営するクラウドを利用する「サブスク型(クラウド)」がある。近年は、社内サーバーを置きたくない、あるいは社外から産業医・保健師・従業員にデータを利用させたい、もしくは健診機関や代行機関からデータを直接取り込んでもらいたいという需要もあり、「サブスク型(クラウド)」が増加している。自社の運用および予算に合った形態で導入したほうが後々の活用に供する。
 


4 健康データとICTの活用の具体例
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 ICTを活用して、従業員に健診結果を見せても健康にはならない。近年、健康経営の流れとスマホの普及などで、保険者や企業が従業員(組合加入者)のスマホへ健診結果や健康情報を出したり、歩数や活動量のカウントが表示されたり、それを使ってゲームや競争、ポイント獲得ができるようなシステムが普及しつつある。
 しかし、これらを実際に導入している保険者や企業の多くでは、該当サービスに登録し利用しているのは健康意識が高く毎日2万歩以上歩くような一部の従業員(組合加入者)であり、課題を抱えるリスク者は使ってくれないという悩みを抱えている。また健診データは、年に1回あるいは2回のデータであるので、見たと言っても理解できていなかったり、忘れてしまったりというような問題もある。
 このような問題を起こさないためには、健康管理システムなどのプラットフォームを提供するだけではなく、介入・働きかけをするためのツールとして活用することが効果的である。
 企業の従業員(あるいは保険の加入者)に、健診データ等や健康情報を流すプラットフォームを提供するのみでは、前述のように健康意識の高い者のみが使うことになってしまう。考え方を変えて、産業医や産業保健スタッフが介入するツールとして使うと効果が上がった過去の事例が多い。以下に、事例を挙げる。
① 高所作業者の転落事故予防事例
  • クレーン関連の高所作業担当
  • 50歳男性
  • 残業時間 60時間/月
  • 健診結果で最高血圧138/最低血圧92mmHg
  • 2次検査の受診はしていない
 長時間労働は脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症と関係性が高いため、法的には産業医面談は不要であるが、産業医面談を入れて、作業の状況や自他覚症状、既往症、家族歴などをヒアリングした上で受診勧奨をすべきであろう。この従業員が業務中に倒れてしまった場合、大きな事故につながるかもしれないし、訴訟のリスクもある。健診結果、ストレスチェック、残業時間、作業内容、既往症、家族歴などを総合して、リスクがある従業員には早めに産業医面談を入れることで、安全(健康)配慮義務を果たしていることになり、訴訟リスクも下げることができる。
 紙の上でこれらを管理することはとても困難であり、健康管理システムで、多面的な情報を取り込むことができ、かつハイリスク者を抽出することができるシステムが望まれる(図4参照)。
② 遠隔にて面談する例
 テレビ電話機能等を使った遠隔の面談について、2015年 9月15日に厚生労働省労働基準局長から発令された「情報通信機器を用いた労働安全衛生法第66条の8第1項および第66条の10第3項の規定に基づく医師による面接指導の実施について」の通知より、長時間労働とストレスチェック面談について、労働者の心身の状況を把握し、必要な指導を行うことができる状況で実施するのであれば、直ちに法違反となるものではないと記されている。要件については、上記通知を参照。
③ コラボヘルスの例
 保険者と連携することにより、効果を高めたり効率を上げたりすることができる。例えば、ある単一健保の企業では健保・企業共有のデータベースを作り情報を共有することによって、効率的・効果的なリスク管理・予防を実践している。
 メタボ系は保険者の特定保健指導に任せ、企業側は非メタボでコレステロール値が異常な者、特に多剤服用者(保険者との契約により情報提供)にターゲットを絞って介入することで、会社で突然倒れて亡くなるような事故を防ごうという取組みをしているケースもある。
④ データにアドバイスや付加価値をつける例
 ある企業では、健診データ等をただ表示したりするのではなく、アドバイス等を同時に表示することにより、実際の行動変容に結び付け、非メタボからメタボに移行する者の割合を6分の1に大幅低減させた。
 看護職等がアドバイスを一人ずつに記述するのは大変な労力がかかるが、近年は技術が進み、ICTの活用により自動的にアドバイスを生成するようになっている。例えば腹囲が85㎝であっても努力して下がってきた者には、「引き続き頑張りましょう」というようなアドバイスを自動生成することができる。
 


5 健康データとICTの活用
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 以上、見てきたようにICTが進歩し、健康管理システムなどを適切に利活用することで、より効果的かつ効率的な労働衛生管理・産業保健・健康管理を実施できるようになる。労働衛生に関わる関係者の中で、現場の業務に近い衛生管理者や人事担当が、実際の現場で役立つ適切なICTの導入ができるよう、産業医など他のスタッフと連携していくことが望まれる。
 


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