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前述の通り夏季の熱中症が多発しており、熱中症対策は急務となっている。このことを受け、厚生労働省をはじめとする各所による熱中症対策に関して、様々な動きがあった。これらについて解説する。
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⑴厚生労働省の通達
厚生労働省では、熱中症予防対策のための通達を出しており、現在有効なものは令和3年に出された「職場における熱中症予防対策基本要綱」である。それ以前には平成8年の「熱中症の予防について」、平成17年の「熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について」、平成21年の「職場における熱中症の予防について」が出されていたが、令和3年の通達により置き換えられている。
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⑵令和5年度STOP!熱中症 クールワークキャンペーンの実施
厚生労働省では、平成29年(2017)年より「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を実施しており、令和5年度も3月3日付で実施要項が出されている。これは、すべての職場において前述の「職場における熱中症予防対策基本要綱」に基づく基本的な対策を講ずることを呼びかけるものであり、準備期間(4月)、キャンペーン機関(5月~9月)ならびに重点取組期間(7月)に実施すべき内容が記載されている。
クールワークキャンペーンは通達に基づいて実際に現場で実施する内容を示しているものであり、基本的な内容は変わらない。令和5年度版についても基本的には前年度版と同じ内容であるが、新型コロナウイルス感染症に関連する記述が削除されるなど、一部に変更がみられる。
令和5年度のクールワークキャンペーンにて求められている対策を以下に列挙する。詳細についてはクールワークキャンペーンを参照していただきたい。
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1 .準備期間中に実施すべき事項
- 暑さ指数(WBGT)の把握の準備
- 作業計画の策定等
- 設備対策の検討
- 休憩場所の確保の検討
- 服装等の検討
- 教育研修の実施
- 労働衛生管理体制の確立
- 緊急時の対応の事前確認等
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2.キャンペーン期間中に実施すべき事項
- 暑さ指数(WBGT)の把握
- 暑さ指数(WBGT)の評価
- 作業環境管理(暑さ指数(WBGT)の低減等、休憩場所の整備等
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* 作業管理(作業時間の短縮等、暑熱順化への対応、水分及び塩分の摂取、服装等、プレクーリング)
- 健康管理(健康診断結果に基づく対応、日常の健康管理、労働者の健康状態及び暑熱順化の状況の確認、作業中の労働者の健康状態の確認)
- 労働衛生教育
- 異常時の措置
- 熱中症予防管理者等の業務
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⑶電子式WBGT指数計のJIS規格改訂
本来、WBGTは自然湿球、直径150mm黒球、乾球の3つの数値から算出される指標で、ISO7243(JIS Z 8504)にて規定されている。ところが、ここで規定されている測定方法に基づく測定器は正確である一方で大型・高価であり、取扱いに難があるため、現場で用いるのは難しいことから、自然湿球の代わりに湿度センサーを、直径150mm黒球の代わりに小型黒球を用いた「電子式WBGT計」が広く普及している(図4)。この電子式WBGT計については、2017年にJIS B 7922「電子式WBGT指数計」として規格化された。この規格化の目的は、広く普及している電子式WBGT測定器の規格化により、測定器の精度を担保し、かつWBGTの測定原理上必要な黒球温度計を有しない簡易型の測定器をある程度排除することであり、この目的はある程度達成できたと考えられる。
一方で、電子式WBGT計は本来のWBGTとは測定方法が異なっており、このことに起因する測定誤差が生じることが明らかとなった。特に日射のある環境において、本来のWBGT値よりも1 ~2℃低めに出る測定器が多く見られた。本来、黒球あり・自然湿球型熱中症リスクが高いと考えられる日射のある環境で低めに出ることは好ましくないことから、これを改善するためのJIS B 7922の改訂を検討し、2023年 2月に「JIS B 7922:2023」としてリリースされた。
これにより、熱中症リスクが特に高いと思われる夏季屋外環境における測定精度が向上することが期待される。改定後の規格に適合、または準拠した測定器には、「JIS B 7922:2023」と記載されることになっているので、今後WBGT計を調達あるいは買い替える際は、新規格に基づくことを確認する必要がある。また、旧規格に基づく測定器も引き続き使用することは可能であるが、上述の通り日射のある環境で低めに出る傾向があることから、日射のある環境では1~2℃加算するなどの方法を取ることが適当と思われる。その上で、測定器の耐用年数や、資産償却を考慮しつつ、早めに買い替えを検討することが望ましい。
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⑷日常生活における熱中症予防指針の改訂
前述の通り、熱中症は職場よりも一般生活環境で多く発生していることから、日常生活における対策が非常に重要となる。そのため、日本生気象学会では2008年4月に「日常生活における熱中症予防指針(Ver.1)を制定し、日常生活での熱中症対策についての提言を行っている。この指針は2011年(Ver.2)、2013年(Ver.3)、2021年(Ver.3.1)と改正され、現在の最新版は2022年5月に出されたVer.4である。指針をわかりやすく解説した小冊子も公開されている。
この指針では、室内において気温と相対湿度からWBGTを簡易的に推定する方法が提案されている(図5)。これは厳密な意味でのWBGTではないが、日射や発熱体のない室内環境においてはある程度の精度での推定が可能であることが実験結果でわかっている。WBGTが実測できない場合の代替方法としては活用可能であるが、あくまでも推定値であることに留意し、高い値になる場合にはWBGTの測定による評価が必要である。
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⑸環境省による熱中症対策の法制化
環境省では、主として一般生活環境での熱中症を効果的に予防するため、気候変動適応法の改正案に熱中症対策を盛り込む方向で検討している。本稿の執筆時点では、2023年2月に閣議決定され、国会に提出予定という段階である。
具体的な内容としては、熱中症特別警戒情報(熱中症警戒アラート)の発出と、指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)の設置であり、熱中症対策を法律にて規定することにより、特に熱中症発生数が多い一般生活環境での熱中症発生を防止することに寄与すると考えられる。
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