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熱中症対策アップデート
spacer.gif (独)労働者健康安全機構
 労働安全衛生総合研究所
 化学物質情報管理研究センター
 ばく露評価研究部 部長
 齊藤宏之
1 はじめに
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 近年、地球温暖化や都市部のヒートアイランド現象の進行も相まって熱中症が社会問題化しており、夏になると毎日のように新聞やニュースで熱中症について報じられている。熱中症は生活環境や学校、スポーツなどの場において深刻な問題となっているが、労働現場においても発生しており、夏季の労働災害として非常に大きな問題となっている。クレーン作業が行われる作業現場も熱中症とは無縁ではなく、熱中症発生のリスクを常に意識する必要がある。熱中症を防止するためには、作業現場における熱中症リスクの実態を把握したうえで、必要な対策を取ることが必要である。ここでは、作業現場における熱中症死亡災害の発生状況から、熱中症が発生するリスクがどこにあるのかを示した上で、現場において必要な対策について考えてみたい。
 


2 熱中症の発生状況
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 職場外を含む熱中症死亡者数の総数と、労働災害による熱中症死亡者数の推移を図1に示す。熱中症死亡者数の総数は近年1000人前後で推移しており、年によっては1500人を超えている状況である。それに対して、労働災害による熱中症思慕者数は20~30人程度で推移している状況であり、データからは職場での熱中症死亡者は少数派である。
 これは、救急搬送データからも明らかであり、消防庁のデータでは熱中症による救急搬送の40%が住居、16%が道路、12%が公衆(屋外)となっており、仕事場(農林水産業以外)での救急搬送は11%、仕事場(農林水産業)は2%であった(図2)。このことからも、職場における熱中症災害は社会全体から見ると少数派であることがわかる。
 続いて、職場における近年の熱中症発生状況を図3に示す。熱中症死亡者数は年によって増減はあるが、ここ数年は20~30人程度で推移している。年間の労災死亡者数が800~900人程度であることを考慮すると、熱中症による死亡者数は労災による全死亡者数の2~4%程度となる。一方、熱中症による休業4日以上の死傷者数は、2009年以前は200~300人で推移していたものが2010~2017年には500人前後となり、2018年以降は1000人近い人数となっており、ここ数年は高止まりの傾向にある。
 次に、2010~2023年の14年間における、業種別の熱中症死傷者数の割合を図4に、死亡者数の割合を図5に示す。死傷者数は建設業が24%と最も多く、次いで製造業(20%)、運送業(商業(9%)、警備業(8%)の順である。また、死亡者数は建設業が41%と最も多く、次いで製造業(14%)、警備業(11%)であった。建設業、警備業、農業などにおいて死傷者数に占める割合よりも死亡者数に占める割合が大きくなっており、これらの業種での熱中症死亡リスクが高いことが伺える。これらの業種の特徴として、屋外作業が多く、有効な休憩所の設置が難しい現場の存在が考えられ、これが熱中症死亡リスクを高めていると推察される。これはクレーン作業が行われる現場とも共通しており、クレーン作業における熱中症対策を考えるうえで、留意すべき点と思われる。
 続いて、事業所規模別の熱中症死亡者数を図6に示す。熱中症死亡者数は従業員数10名未満の零細企業において半数近く、50人未満の小企業で80%を占めており、小企業、特に零細企業において熱中症対策が十分に行われていない可能性が示唆される。
 これらのデータを総合すると、次のことがいえる。
  1. 近年、熱中症は増加傾向にある
  2. 職場における熱中症発生は職場外に比べて少ない
  3. 死傷者数(休業四日以上)、死亡者数ともに建設業が最も多く、建設業では死亡に至る割合も他業種より高い
  4. 熱中症死亡災害大半は小規模事業場で発生している
 このうち、②からは職場における熱中症対策がうまく機能していることが伺えるが、③、④より残存リスクが建設業に存在しており、特に小規模事業場(小規模現場)での残存リスクが高い状況といえる。
 


3 熱中症の概要とメカニズム
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 熱中症の概要を表1に、熱中症の起きるメカニズムの概略を図7に示す。体が暑熱ばく露を受け、体温が上昇し始めると、「発汗反応」ならびに「皮膚血管拡張反応」などにより、体内の熱を下げようとする働きが起きる。これによって体温上昇が防止できれば熱中症は発症しないで済むことになる。ところが、ここで無理をすると、体温上昇を防止するために拡張した皮膚血管に血液が集中してしまうために脳に血液が行きにくくなり、「熱失神」が発生する可能性がある。いわゆるめまい、立ちくらみ、失神といった症状であり、暑熱作業中にこのような経験をされた方も多いと思われるが、この段階で涼しい部屋で休憩を取るなどの適切な処置をすれば、すぐに作業に復帰できるケースが大半である。また、体温を下げるためにかいた汗により血中の塩分が不足すると、筋肉痛、筋肉の硬直、こむら返りといった「熱痙攣(けいれん)」が発生する。これも暑熱作業中に経験した方が多いと思われるが、涼しい部屋で休憩を取り、水分・塩分を補給すれば軽快するケースがほとんどである。ここまでが熱中症の重症度としては「I度(軽度)」であり、現場で様子を見ることで対応可能とされている。
 しかしながら、ここで適切な対応を取れないと熱中症はさらに進行し、Ⅱ度(中等度)である熱疲労(頭痛、嘔吐、倦怠感など)が発生する。この段階になると現場での対応では済まず、医療機関への搬送が必要となる。そしてここでも有効な対策が取られない状態が続くと、体温上昇が止まらなくなり、意識障害、痙攣、手足の運動障害などの熱射病(Ⅲ度、重度)に移行する。ここまで進行すると救急搬送の対象となるが、ここでも対応を間違えると体内の臓器や脳が回復不可能なダメージを受け、死亡するか、助かっても重篤な後遺症が残ることになりかねない。
 


4 熱中症防止の効果的な対策
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 熱中症を効果的に防止するためには、図7に示した熱中症発症への流れを如何に切ることができるかが重要となる。これについて考えてみたい。なお、全般的な対策については、厚生労働省の「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」にわかりやすくまとめられている3)
(1)暑熱ばく露状況の把握
 まず、図7の一番上にある「暑熱ばく露」の部分がどの程度なのかを把握しないと、そもそも対策が必要なのかどうか、必要だとしたらどのような対策が必要なのかの判断を行うことができない。
 従って、暑熱ばく露の状況を把握することは非常に重要である。暑熱ばく露の指標として広く用いられているのが、WBGT(湿球黒球温度、Wet Bulb Globe Temperature)である。
 WBGTを測定するには、市販のWBGT測定器を使用するのが現実的である。様々なWBGT測定器が市販されているが、現場で一般的に使われているのが、黒球を持ち、温湿度センサーで計測するタイプである(図8)。このタイプの測定器は、2017年にJIS B 7922として規格化されたものであるが、2023年に「JIS B 7922:2023」として改訂され、特に屋外環境における測定精度が向上した4)。したがって、これから準備される場合は、「JIS B 7922:2023」に適合しているかどうかを確認すること、ならびに古い製品を使用されている場合は、リプレイスの検討を行っていただくことが重要である。なお、黒球のないタイプの測定器も出回っているが、規格化されておらず、且つWBGTの算出に必要な黒球を有しないため、日射のある環境(屋外等)での使用は避けるべきである。
(2)暑さを避ける
 WBGT値が基準値を超過していた場合には何らかの対応が必要となるが、最も重要なのは「休憩時間の延長、休憩回数の増加」である。あらかじめ、どの程度WBGT値が基準値を超過したら休憩時間をどのくらい取るかといった基準をあらかじめ決めておき、超過度に応じた対応を取ることが重要である。また、WBGT値が高くなるような時間帯の作業を回避するような作業スケジュールを立てることも重要である。
 この際、非常に重要なのが「休憩場所の整備」である。有効な休憩場所がなければ、せっかく休憩時間を設定したとしても、体を冷やすことができず、その効果は半減してしまう。また、熱中症が発生してしまったときの対処も十分に行うことが出来ず、結果として重症化、さらには死亡災害に至ってしまうリスクが増加してしまうことになる。建設業をはじめとした屋外作業、特に小規模事業場(小規模現場)での熱中症リスクが高いことを示したが、その原因の一つが、有効な休憩場所が未整備であるためであると考えられる。
 小規模な作業現場では、なかなか完全な休憩場所を整備することが難しいことが想定されるが、簡易的な休憩場所でも、工夫次第では有効な休憩所を設置することは可能である。幾つかの小規模建設現場における対策例が厚生労働省により例示されているので、参考にしていただきたい5)
(3)風通しの良い服装を選ぶ
 熱中症を防止するためには、熱を吸収し、熱がこもりやすい服装を避け、透湿性・通気性の高い服装が望ましい。その意味では、クールベストやファン付き作業服などの熱中用対策グッズを適切に使用することも熱中症のリスクを下げるためには有効であるとされている。但し、その効果については十分に検証されていないため、その効果を過信しないことも重要であると考えられる。
(4)定期的な水分・塩分の摂取
 熱中症のうち、熱失神を除く症状(熱痙攣および熱疲労)は水分・塩分が適切に摂取されないことにより発症する。したがって、水分・塩分を適切に摂取することは非常に重要である。喉が乾いたときに作業者任せで水分・塩分を補給するだけでは、補給頻度、補給量の両面から不十分であるとされており、定期的な補給が必要とされている。休憩場所に水分・塩分を補給できる設備を設ける他、作業者にスポーツドリンクや塩飴などを携帯させ、喉の渇きとは関係なく定期的に摂取するよう促すことが重要である。
(5)暑熱順化(暑さに慣れる)
 図7 に示した熱中症発症のメカニズムにて、「発汗反応」ならびに「皮膚血管拡張反応」で体温上昇防止が図られることを示した。暑さに慣れることによって、このメカニズムを増強することができるとされており、これを「暑熱順化」と呼んでいる。具体的な変化としては、2~3日で自律神経系に変化が生じ、皮膚血管拡張反応や発汗反応が起きやすくなること、ならびに4~5日で内分泌系に変化が生じ、汗の塩分濃度が低くなり(サラサラになり)、蒸発・気化しやすくなるとともに、塩分の損失を抑える効果が生じると言われている。わかりやすく言うと、汗をうまくかいて体内の熱を放出する働きを、暑くなる前、あるいは暑い場所で作業する前に目覚めさせることにより、熱中症になりにくい体を作るということである。
(6)健康管理
 高血圧、糖尿病等のある種の持病を持っている人は、熱中症の発症リスクが高いと言われている。入職時の健康診断や、定期健康診断によって、熱中症リスクを把握し、必要に応じた対策を講じることが必要である。また、寝不足や深酒、朝食抜きなどによっても熱中症リスクが高くなることから、朝礼時等の体調チェックが重要である。
(7)熱中症教育
 熱中症は適切な知識を持ち、適切な対策を行えば、必ず防止できる疾患である。そのため、熱中症に対する正しい知識を身につけることが非常に重要である。使用者側はもちろん、作業者向けにも教育を行い、自らの身を守るための知識を身につけていただきたい。教育ツールは様々なものがあるが、前述の厚生労働省のサイトにある動画教材も活用できる5)
 


5 環境省における熱中症対策の動き
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 一般環境での熱中症リスクは職場環境に比べて高い状況であり、結果として熱中症の発生ならびに、死亡事例が多いことを図1図2にて示した。この状況を受け、環境省では熱中症警戒アラートの発出6)や、指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)の指定7)等の法整備を行っている。これは、労働現場における暑熱リスクの把握(WBGTの測定)や、有効な休憩所の整備に相当するものであり、職場環境でも一般環境でも、重要とされる対策が同じであることが言える。
 


6 まとめ
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 職場における熱中症対策は、多くの現場では有効に機能しており、その結果として職場における熱中症発生リスクは低くなってきていると思われる。その一方で、屋外作業の多い建設業や、小規模事業場(小規模現場)では依然として熱中症リスクが高い状況が続いている。熱中症はきちんと対策を行えば確実に防げる災害である一方で、対応を誤ると取り返しのつかない重大災害になりうる。きちんとした知識を身に着けた上で、各現場にて不十分な点がないかどうかを確認いただき、適切な対策を行っていただくことが、熱中症災害を未然に防ぐために重要と思われる。
 


参考文献
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1)  厚生労働省、令和5年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(令和6年1月11日時点速報値)。
 https://neccyusho.mhlw.go.jp/pdf/2024/coolwork2023_sokuhou.pdf
2)  消防庁、令和5年の熱中症による救急搬送状況。消防の動き 2023年11月号、
 https://www.fdma.go.jp/publication/ugoki/items/rei_0511_13.pdf
3)  厚生労働省:令和6年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」
 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38059.html
4)  日本産業規格:JIS B 7922:2023、電子式湿球黒球温度(WBGT)指数計。
 https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+B+7922%3A2023
5)  厚生労働省:「学ぼう!備えよう!職場の仲間を守ろう!職場における熱中症予防情報」。
 https://neccyusho.mhlw.go.jp/
6)  環境省 熱中症予防サイト、熱中症警戒アラートの概要。
 https://www.wbgt.env.go.jp/sp/about_alert.php
7)  環境省、指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)とは。
 https://www.wbgt.env.go.jp/doc_shsa.php
 


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