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熱中症を未然に防止するためのウェアラブル製品の使用効果と今後の課題
spacer.gif  ミツフジ㈱ 代表取締役社長
 三寺 歩
1 はじめに
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 日本国内における熱中症の被害は、気候変動の影響もあり深刻化している。当稿は、昨年、前田建設工業の阿部氏が執筆した当社製品に関する記事について、1年間でどのような効果があったのかを検証し、そして今後どのような対策が求められるかについてまとめる。消防庁が昨年9月にまとめた熱中症に関する救急搬送状況を合わせてみながら、今後の熱中症対策における企業の労働安全衛生の現場としての取り組みについても考えてみたい。
 筆者は、2014年よりミツフジ株式会社(以下、ミツフジ)の代表取締役を務めている。ミツフジは、1956年に筆者の祖父が西陣織の帯工場として創業し、父の代で伝統産業から機能性繊維に事業転換し、筆者の代で機能性繊維である銀めっき繊維 AGposs の導電性に着目し、ウェアラブル製品の開発、発売を行った。現在では、医療機器としてのウェアラブル製品と法人向けに特化したウェアラブル製品の大きく2タイプの製品展開を行っている。また法人向けウェアラブル製品は、シャツタイプのウェアラブルと、腕につけるリストバンド型や腕時計タイプの製品を開発、製造、販売している。
 次に、日本における熱中症リスクについて考えてみたい。2023年9月22日に消防庁が発表した資料によると、2023年8月の救急搬送者数は、34,835名となっており、2022年の1.5倍ほどとなり、非常に厳しい環境であったことがわかる。同時期の当社への問い合わせも例年に比べ2倍以上となった。
 次に、熱中症による救急搬送された方の年齢別の割合を見てみる。
 50%以上を高齢者が占め、高齢者の熱中症対策が重要であることがわかる。
 加えて、熱中症の発生場所については、図2が示す通り、住居が最も多くその他で仕事場や教育施設での発生が多いという順になっている。高齢者の住居での熱中症による救急搬送が多いということが考えられるが、業務用の対策が比較的実施されている労働環境においては、第2位となっており、高齢化する職場環境における熱中症発症リスクが高いということがここからわかる。
 
 


2 hamonの使用実績とその効果
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 昨年、前田建設工業にて検証された当社ウェアラブル製品 hamon について、最初に簡単に紹介する。当製品は、タンクトップ型のスマートウェアで、胸の下の部分の左右に当社製銀めっき繊維 AGposs で開発した電極が装着されており、左右のセンサーが取得する電位差により心電波形を取得する仕組みである。当社は医療機器メーカーであり、当技術に基づいた心電図取得のための医療機器を販売している。このような波形データは、心拍変動解析(HRV)による研究やアルゴリズムに活用される。
 hamon は、心電波形に基づいて分析するストレスや体調などのアルゴリズムをサービスとして提供しており、暑熱リスクのみならず、労働現場における様々なフィードバックを提供している。
 暑熱リスクについては、産業医科大学、前田建設工業と共同で開発した深部体温の上昇変化を推定するアルゴリズムに基づいて、低、中、高の3つのアラートを発出し、利用者に警告する仕組みをとっている。
 当製品は、図3に記載の通り、スマートウェアに装着したトランスミッタから無線通信である Bluetooth により、スマートフォンへデータを送信し、スマートフォンから当社クラウドサービスを介して、各社の管理者へリアルタイムでのデータ提供を行い、見守りサービスを実現している。当サービスは、現在ではおよそ10社程度が利用している。
 具体的には、いつ、どこで、だれがどのような状態にいるかをリアルタイムに把握できるため、効果的な見守りサービスを実現しており、熱中症リスク下での見守りサービスとしても期待して利用いただいている。
 


3 当該端末の課題
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 スマートウェア製品は、リストバンド型と比較して、より正確な生体情報の収集が図れるが、日々の洗濯や複数のウェアを保有しないといけないという運用上の大きな課題があり、現場からは「使えない」サービスとして指摘を受けることが多い。データの正確な取得は、医療や企業の R&D では、需要があり一定の価値を感じていただけるが、リアルタイムに日々作業があり、過酷な環境で働く方々にとっては、毎日の業務負担に耐えられる製品とはなっていないという指摘はまさにそのとおりであり、研究向けの製品を、現場運用に導入していただいている部分も大きいように感じる。そのため、当初の想定よりもはるかに少ない普及にとどまっており、熱中症リスク環境下での見守りサービスという果たすべき役割を果たせているとは言えない。
 


4 リストバンド型デバイスの効果と課題
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 現場運用の難しさがあることがわかったが、リストバンド型デバイスは、簡便で使いやすい反面、データの正確な取得に難しさがあり、ウェア型よりも落ちる精度の中でも、アルゴリズムが動く必要があるという点が課題であった。
 また、熱中症リスク環境下におけるウェアラブル着用での見守りサービスを実現するにあたっては、さらに大きな課題である「IT リテラシー」の問題があった。現場では様々な知識、経験の方が業務に従事しており、IT 機器の利用についても、それぞれに理解が異なる。そのため、個々の方のITスキルにより、想定する利用ができないことがあり、IT リテラシーによる利用の制約という問題があった。リストバンド型が利便性を最優先に考えるときに、IT リテラシーによる制約をどのように克服するかが当社だけでなく、業界全体の課題と言える。この中で、当社は、2021年5月に hamon band というリストバンド型製品を発売した。当製品は、脈波(PPI)を取得し、その脈波データで深部体温の上昇変化推定アルゴリズムを動かし、ネットワーク対応をあえてしないことで、充電して腕に装着すれば勤務時間中は見守りをしてくれるという特徴を持っている。またリスクスコアを出した場合も、利用者により認識が異なるという問題が発生するため、緑、黄、赤という信号機と同じアラートを出すことにより、ユニバーサルデザインとしてのウェアラブル製品とした。発売より3万本、300社以上に利用が広がり、2024年に発売する次期モデルは予約注文で3万本程度となり、一層の利用増が見込まれている。
 


5 今後の熱中症防止に関する展望
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 今後のウェアラブル製品による熱中症対策としては、以下のような進化があると考えている。
1 )機器のネットワーク化
 企業の現場や学校など施設においては WBGT 計やインターネット経由での熱中症アラートなど、現場における熱中症リスクの可視化がさらに広がり、そのリアルタイム性もより進んでいくものと考えられる。現場環境のリアルタイムでの状況把握が進むことに合わせて、熱中症リスクの高い現場にいる方々の体調状況のリアルタイムでの把握と集中監視のような形での見守りが進んでいくものと考えられる。その際に特に求められるのは、ネットワーク対応であり、Bluetooth や LTE を利用した機器が主流になっていくと考えられる。
2 )関係機関との連携
 機器のネットワーク化に合わせて、そのネットワーク化された情報を警察、消防などの関係機関が連携する、学校であれば保護者と連携するなど関係機関、関係者との連携が進んでいくものと考えられる。特に重篤な症状が出た場合の救急搬送などには、このリアルタイムでのネットワーク連携が不可欠であり、このような連携により死亡事故を防止することが可能となっていくと考えられる。また、リモートでの作業や一人作業など、広大な現場で作業をする場合に従業員の確保が難しい現状の中でのワンマンオペレーションも可能になるなど、機器のネットワーク化と機関連携による進化が雇用の課題を抱える産業界における新たな解決策となることも考えられる。
3 )業務システムにおける AI 連携
 WBGT 基準のリアルタイム共有や、個人ごとのバイタルデータに基づく熱中症リスクの把握のリアルタイム化が図られている中で、現場運用はリアルタイムの把握から、さらに進化し、当日や将来の現場状況の変化予測が増えてくるものと考えられる。天気予報のような形で、熱中症リスクや救急搬送の可能性などが個人ごとのリスクとして予測できるようになり、業務システムやシフト管理のシステムに大きな影響を持ってくると考えられる。例えば、建設現場であれば、WBGT値の変化や個人の体調変化予測に基づいてどのような休憩やシフトを組むかなどを事前に予測して当日の業務をスタートできるようになると想定される。
 


6 おわりに
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 熱中症リスクへの対応は、日本国内のみならず、気候変動の影響を受ける世界各国共有の課題となっている。その中でも特に日本では亜熱帯のような気候となってきている現状に経営陣、現場が一体となった対策が求められており、取り組み意識も大きく変化していると考えられる。その中で特に現場で着用する形でのウェアラブル製品がどのように熱中症リスクと向き合い、取り組みができるかについて、実際の状況の検証と今後について検討してきた。経営陣の考えるリスク管理と、現場での運用には、どうしても一定の差が出てしまう。より厳格で安全を最優先した運用を重視する経営陣に対して、現場は着用者の負荷を加味した運用をしたいというそれぞれの課題があり、双方の背景をよく理解し、対応できる製品が求められており、提供するメーカーは、今後もその課題を丁寧に組み上げながら、簡便ながらも信頼に足る製品開発を進めていく必要がある。
 


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