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発汗センシング技術を搭載した熱中症対策デバイス WLS―1000
spacer.gif  ㈱スキノス 代表取締役
 百瀬英哉
1 はじめに
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 地球温暖化に伴い熱中症が社会問題化し、2023年の熱中症による搬送者数は9万人以上(5月から9月)となっている。
 地球の平均地表気温が1.5℃上昇することで、熱中症リスクにさらされる世界人口は5億人以上増加するという研究もあり世界的な課題となっている。熱中症リスクの増大は人の命に直結する問題であると同時に、労働環境への影響が懸念されている。すなわち、リスク回避のために作業ペースを落とさざるをえないため作業者の生産性が低下する。主に農業や建設業などが顕著とされ、環境関連の商品やサービス、廃棄物回収、緊急補修工事、運輸、旅行・観光業、スポーツ産業など影響は多岐にわたる。国際労働機関の報告によれば2030年までに、熱中症リスクを要因に低下する世界の生産性は、2兆4,000億ドルに達するとされている。
 暑熱環境となる労働現場では労働者を保護する取り組みが進められており、具体的には、適切な飲料水の提供、熱ストレスの認識・管理に関する訓練、屋内外における作業方法、労働時間や服装規定、装備の適応などが挙げられる。特に、労働人口の減少が著しい我が国において、生産性の維持を目的に暑熱労働環境における熱中症対策を効率的に進める工夫が不可欠となっている。そこで近年、IoT 技術を活用した労働環境の情報や作業員の生体情報をセンシングし、適切な対処につなげるソリューションの提案が活発になっている。 本稿では、熱中症と関わりの深い生理現象である『発汗』に着目し、その生理学的知識に触れた上で、日本発の世界的にユニークな発汗センシング技術を活用した熱中症対策デバイスについて紹介する。
 


2 暑熱環境における発汗の役割と熱中症との関わり
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2.1 体温調節と発汗
 "汗" や "発汗" について、どのようなイメージを持つだろうか。暑い夏に不快感をもたらすもの、という印象が強い方もおられるだろう。反対に、スポーツやサウナの際の爽快感を助長するもの、というイメージも定着している。特に、寒暖差が激しく、夏季の高温・多湿が特徴的な気候をもつ日本では、日常生活でも、だらだらと流れる汗を意識することが多い。
 ヒトのからだの中では絶えず代謝が行われているが、その際生み出されたエネルギーを体外に逃すことでバランスが取られ、体温は37℃あたりに保たれている。環境温度がそこまで高くない時は、抹消血管の拡張により皮膚血流を増加させ深部の熱を体表に送り体外に放出する。環境温度がさらに高くなると汗を生じ、蒸散するときに気化熱を奪うことで体温調節を行う。体重70kg の人が炎天を歩き、100ml の汗をかいたとき、汗をかくことで体温が1℃上がるのを防ぐことができる1)と言われている。もし暑いときに汗が出なかったら体温がどんどん上がっていってしまい、命を落とすことにもなる。ヒトの身体や脳は、体温を一定にすることにより高度な機能を維持することが可能であり、汗は、暑熱環境における体温調節の要となる生理機能である。体温調節に関わる発汗を『温熱性発汗』という。
 温熱性発汗は蒸散し気化熱を奪うもので、体表面に液体として現れたのち気体に変化することで機能する。気体として変化し熱放出に寄与するものを『有効発汗』という。対して、蒸発せず皮膚に残る水分を『無効発汗』という。一般的に汗と認識されるものは目に見える無効発汗であるが、実は、その汗は生理的な機能を果たしていない。
 蛇足であるが、手のひら、足の裏に限っては、体温調節に関わらず覚醒中は常に微量の発汗を生じている。これは、"手に汗握る" と表現されるように精神的ストレスによって生じる発汗である。人の祖先である猿が、天敵に遭遇し、危険を感じたとき手足のグリップを高めて素早く逃げるために獲得したものと言われており、現代人では、危険認知や退避行動など、いわゆる外界からの精神的・心理的ストレスに対する反応として受け継がれている。このような発汗を『精神性発汗』という。作業現場においては、ヒヤリハットの可視化などに利用されることもあるが、本稿では、温熱性発汗にのみ注目する。
 
2.2 発汗の弊害
 さて、汗はヒトが獲得した高度な機能であるが、一方で身体に必要な水分を失う最も大きな要因となる。
 体内の水分をトラック輸送のような物流に例えると、酸素や栄養素・老廃物を運ぶトラック(主に血液)は、それらとともに体内の熱を外気との境界にある皮膚に送る。排出しなければならない熱の量が増えるとトラックが体外に出て、不要となった熱を外界に移動させる。体外で作業を行うトラックのイメージが汗であるが、一度体外に放出されると戻ることはないので、新たに供給しない限りトラックの台数(体水分量)が減少し続け、本来運ばなければならない酸素や栄養素・老廃物の輸送に支障をきたす。同様に熱の輸送もできなくなるので、体内に熱がこもってしまう。このような体内の物流システムの機能不全が脱水状態と捉えることができる。
 すなわち、多量発汗時に適切な水分補給を行われなければ、脱水により以下の状態を生む1)
  • 汗 をかくことができなくなってしまい、からだに熱が溜まる。これにより、体温が上昇する。
  • 血 液が濃縮する。心臓に負担がかかり(この時、心拍数が上昇)、脳梗塞や心筋梗塞のリスクも高まる。
  • 尿 量が低下し、老廃物を排出できなくなる。
 熱中症とならなくも、適切な水分補給をしなければ身体パフォーマンスが低下することが知られている。体重の2%程度の水分が体から失われただけで運動指数が20から30%程度低下するとされる2)ほか、主観的な疲労感を助長し、また、認知機能への影響も報告されている3)。事実、夏場の作業環境ではヒヤリハットやポカミスが増加するという声も聞かれる。さらに脱水が進み、体重の5%以上の水分が喪失すると頭痛や吐き気、倦怠感を生じ(熱疲労、熱疲弊:中等度の熱中症と呼ばれる状態)、体温上昇が起こるとされている4)。体重70kg の方を例にすると、1.4ℓ(体重の2%)以上の脱水で身体パフォーマンス低下が起こり、3.5ℓ(体重の5%)以上で、熱疲労、熱疲弊の危険を生じることになる4)。暑熱環境であると、1から2時間軽い運動をしただけでも1ℓを容易に超える発汗を生じるため、1日中炎天下で業務を行う作業員は常に熱中症の危険にさらされているといえる。
 特に、夏季の高温・多湿を特徴とする日本の気候では、汗の蒸発が抑制され無効発汗が増加し、無駄に体の水分を失ってしまう。近年は、速乾性の高い機能性繊維を用いた衣服や、作業着にファンを搭載した空調服が一般化しており、これらを利用することで汗の蒸散を促して汗本来の機能を高めることができるが、並行して、脱水対策を行うことが不可欠である。
 このように、ヒトのからだには"発汗" という強力な体温調節機能が備わっており、"適切な水分補給" を行うことで発汗の機能を維持し、熱中症を予防することができる。また、"適切な水分補給" により体内の物流システムを正常に保ち、身体機能を維持して高い生産性を発揮することができるといえる。
 


3 熱中症対策デバイスWLS―1000
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3.1 熱中症予防のための発汗センシング
 では、"適切な水分補給" を行うにはどのようにすればよいだろうか。一般的に、喉の渇きを感じた時には既に脱水が進行しているとされ、喉の渇きを感じる前に定期的な水分摂取が推奨されている。しかしながら、作業現場において作業に追われると定期的な水分摂取を行うのは難しいという声を聞く。最低でも、発汗で喪失した水分量と同等の水分摂取を行う必要があるが、日々の発汗量を認識するのは意外に難しい。特に、高齢になると喉の渇き(枯渇感)を感じにくくなると言われている。
 そこで我々は、信州大学医学部と共同で、発汗量の変化を高度にセンシングする小型センサ技術を実現し、それを用いて、適切な水分補給を促すウェアラブルデバイスを開発した。図1は、開発デバイスである『熱中症対策デバイス WLS―1000』(以下、「本機」という)の外観である。
 本機には、『換気カプセル法』5)6)と呼ばれる日本発の高度な発汗センシング技術を応用した発汗センサが搭載されている。あまり知られていないが、ヒトの生理現象の中でも発汗の研究は日本が世界をリードする研究領域であり、その元となっているのが高度な発汗計測技術である。従来、発汗計測法としては、例えば、運動前後の体重変化から喪失した水分量を測定する方法や、皮膚の一部を袋やシートで覆い、液体として出現した水分量の重さを測定する方法があったが、発汗量の変化を逐次観測できるものではなかった。換気カプセル法は、この課題を解決するもので、皮膚を覆うカプセルに放出された汗の水蒸気を換気し、汗による空気の湿度上昇量を2つの湿度センサを用いてセンシングすることで、皮膚単位面積から単位時間に発生する発汗量(以下、「局所発汗量」という)を得るものである。センサを装着した局所からの汗の出方(出始めるタイミング、変化、量など)をリアルタイムに測定することができる。世界的にみてもユニークな技術であるが、医療機器や研究用機器として利用される信頼性の高い技術である。本機の発汗センサは、換気カプセル法の原理を小型構造で実現しており、ウェアラブルデバイス内で発汗量の変化を測定できる。
 このセンサは局所(皮膚の一部)から発生する発汗量を測定するものであるが、そこから全身の発汗量を推定するアルゴリズムを構築している。腕時計型デバイスには、全身から発生する発汗量の積算値が表示されるようになっており、給水量の目安とすることができる。また、実際の給水量を記録すれば、デバイスに表示される発汗量との差から水収支を算出し、大雑把な脱水の進行具合を確認することもできる。
 
3.2 適切な給水タイミングの提示
 発汗量の測定により日々の給水量の目安が分かるが、適切なタイミングを確認することはできない。水分を口に入れても、すぐに体内に吸収される訳ではないため、脱水の初期段階で予め水分摂取を行う必要がある。
 我々は、局所発汗量の変化から脱水の初期段階を検知するアルゴリズム(以下、「給水アラート」という)を開発した。給水アラートは、大雑把に発汗量の増加が頭打ちになったポイントを検出するものである(特許出願済み)。臨床研究により、給水アラートの前後でバゾプレシンの増加とともに枯渇感を生じることを確認している。バゾプレシンは、尿量を減少させ体の水分の喪失を防ぐ抗利尿ホルモンであり、その増加は体水分量が減少しはじめていることを示している7)
 本機は、搭載された発汗センサにより発汗量を測定し、その変化量から給水アラートを検知して、提示する仕組みになっている。
 
3.3 作業現場での使用例
 本機の使用事例として、建築現場において炎天下で作業を行う作業員(3名)と管理者(2名)の、発汗量の測定結果について紹介する。
(ア) 業務中の発汗量の変化と活動量測定例
 図2に管理者及び作業員の発汗量及び活動量の時間変化の代表例を示す。図2(a)のように管理者は活動量の増加に伴い発汗が出現するのに対し、図2(b)のように作業員は常に活動量が高いことが分かる。開始から約5時間後に活動量が低下するのは昼食休憩であるが、それ以外は常に発汗量も多い状態である。
(イ) 管理者・作業員の発汗量及びアラート回数比較
 図3(a)に管理者・作業員の発汗量、図3(b)にアラート回数の比較を示す。被験者は、活動量の多い 管 理 者(sub1)、 活 動 量 の 少 な い 管 理 者(sub2)、活動量の多い作業員(sub3、4)、活動量の少ない作業員(sub5)となっている。活動量(業務内容)によりばらつきがあるものの、管理者に比べ作業員は発汗量が多く、2から3倍程度となることもある。一方で、1日の給水量をアンケートにより取得したところ、活動量の多い管理者(sub1)が2L 程度摂取しているのに対し、活動量の多い作業員(sub3、4)は1L 程度であった。作業員は作業中に水分補給を行うタイミングが限られているという声も聞かれ、脱水のリスクが高いと考えられた。結果として、アラートの回数も多くなる傾向が確認された。
(ウ) 発汗量と給水量から推定される管理者・作業員の業務中の体重減少
 図4(a)に1日の業務中の水分補給量をアンケートにより取得し、発汗量と比較して水収支の計算から業務中の体重減少率(体重に対する、水分喪失による体重減少の割合)を推定した結果を示す。
 特に作業員の方は、体重減少率が暑熱曝露限界である1.5%(米国産業衛生専門家会議基準)を超え、身体パフォーマンスが低下するとされる2%をも超える日があることが確認された。
 給水アラートが提示されたときに、100ml(g)の水分摂取を推奨しており、給水アラートに従い、水分補給を行ったと仮定し、水収支(水分の排出と摂取のバランス)を再計算した結果を図4(b)に示す。図4(b)のように暑熱曝露限界を超えると推定される日は大きく減少することが確認された。給水アラートに従い、適切な水分補給を行うことで、脱水リスクを軽減することができるといえる。
 
3.4 身体影響のモニタリング
 国際標準化機構 ISO などにより、作業中の暑熱負荷増大を示す基準として、心拍数、体温、体重減少率など生理指標の上限が示されている8)
 特に、心拍数は多くのスマートウォッチに搭載されており、作業中の身体負荷の程度を容易にモニタリングできる。 体温は、熱中症予防の観点では最も重要な生理指標となるが、厳密には核心温(体の深部の体温)を測定する必要がある。一般に直腸温、鼓膜温などが利用されるが、活動中に測定することは難しく、皮膚温から推定したり、熱平衡を利用して測定する方法が提案されている。
 体重減少量は、発汗量と給水量の比較(水収支)からある程度推測することができるが、給水量を記録する必要がある。
 本機には、発汗センサの他に、心拍センサ、皮膚温センサ、加速度センサが搭載されており、脱水による身体への影響も確認できるようになっている。すなわち、発汗センサを用いて、脱水の初期段階を検知し給水を促したり(給水アラート)、全身発汗量を数値として示してリカバリに必要な水分量の目安を提示するとともに、心拍センサや皮膚温センサを用いて、脱水による身体負荷の程度をモニタリングしている。身体負荷の増大を示す際は給水アラートと異なるアラートが提示される仕組みとなっている。強いていえば、前者は "予防" を促すもので、後者は"危険検知" を行うものといえる。
 現在、熱中症対策として様々なソリューションが提案されているが、その多くが"危険検知"  に終始するアラートを提示するものとなっている。熱中症対策の考え方として、"身体への障害を生じないために、危険状態の寸前を検知すること"  を重視する傾向にあると思われる。しかしながら "危険検知" は現実的に難しく、特に、本人の感覚とずれを生じることが多いため、アラートを無視されることが多いという声を聞く。許容できる熱ストレスについて個人差が大きく、"危険状態" という概念を定義することが困難と考えられる。また、イメージされる"危険状態" では脱水が極端に進行していると考えられ、身体パフォーマンスに悪影響を及ぼしていると想定される。熱中症対策の本質は、体温上昇を防ぐ工夫(高強度運動の抑制、衣服への配慮、適度な休憩など)を行いながら水分補給を徹底し脱水の進行を防ぐよう対応を行うことであり、本機は、その発想に基づき設計されている。発汗センサにより、水分喪失量を把握することで身体パフォーマンスの低下防止やリカバリに役立つ情報を提示できる。
 


4 今後の熱中症対策に関する展望
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 脱水に起因する身体パフォーマンスの低下は、ポカミス増加など生産性の低下だけでなく、ヒヤリハットや重大事故につながる恐れもあると考えられる。近年、脱水の身体影響について多くの研究が行われているが、脱水と認知機能の関係についてはまだエビデンスが少ない。また、実際に作業現場などで取得されたデータはほとんどなく、作業効率や生産性への影響等十分に検討が行われていないのが現状である。今後、これらの検討が行われることは、単に熱中症の危険を回避するだけでなく、事故防止や生産性の改善、働き方改革にもつながるものと想像される。
 もう一点、本稿では発汗機能に異常がない方の対策について検討を行っているが、熱中症で搬送される方の中には、高齢による発汗機能の低下や神経疾患により汗をかけない方も一定数含まれるとされている。発汗機能に異常があると、体温調節ができず熱中症のリスクは格段に上がる。現場において、各個人の汗のかき方を意識することは熱中症対策の重要な要素と考えられ、その認識が周知されることが求められている。
 


5 おわりに
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 汗は身近な生理現象であるが、反面、その機能や重要な役割について見落とされがちである。
 本稿では、発汗の側面から熱中症予防の考え方について検討を行った。発汗は、体温調節の重要な機能であると同時に、体の水分を失う原因となる。体の水分は、体内の物流システムのように物質を運ぶ役割をしており、脱水は身体パフォーマンス低下の要因となる。熱中症対策の観点では、スマートフォンのバッテリー残量を意識して充電を行うように、体から汗として流れ出る水分を認識し、補充(水分補給)に努めるべきである。『熱中症対策デバイス WLS―1000』は、発汗量をセンシングするユニークなセンサを搭載しており、発汗による脱水の初期段階を検知し、同時に水分喪失量を提示する。日常的に発汗量を意識することは意外に難しく、熱中症対策の予防的活用として、本機をお試し頂ければ幸いである。
 


参考文献
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  1. 小川徳雄:汗の常識・非常識、講談社、p30―31、1998
  2. T.Yoshida, T.Takanishi et al:Relationship between dehydration, rehydration and decreases in exercise performance during various sports in hot environments. Advances in exercise and sports physiology, 8(3), 71―76, 2002.
  3. Nuccio RP et al:Fluid Balance in Team Sport Athletes and the Effect of Hypohydration on Cognitive, Technical, and Physical Performance. Sports Med, 47(10):1951―1982, 2017.
  4. 熱中症予防対策のためのリスクアセスメントマニュアル(中災防)、1―3、2015
  5. T.Ohhashi, M.Sakaguchi et al:Human perspiration measurment, Physiol.Meas.19, 449―461, 1998
  6. 坂口正雄、大橋俊夫:差分方式皮膚蒸散量計の開発、発汗学 6 、2―6、2002.
  7. H.Momose, M.Takasaka et al:Heatstroke risk informing system using wearable perspiration ratemeter on users undergoing physical exercise. Scientific Reports 13(1), 2023.
  8. ISO 9886 Ergonomics of the thermal environment, Evaluation of thermal strain by physiological measurements. 2004.
 


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