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原因や対策を学び職場の転倒事故を防ぐ―各年代の転倒災害の実態―
spacer.gif  (独)労働者健康安全機構
 労働安全衛生総合研究所
 リスク管理 研究グループ
 研究員 柴田 圭
1 はじめに
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 休業4日以上の労働災害の中でも、転倒災害は 4件に1件以上発生しており、その割合は最も大きい。また、転倒災害の発生件数は、年々増加傾向にある。このように、転倒災害は、防止することが急務の課題となっている災害であり、厚生労働省が策定した第14次労働災害防止計画(14次防)においても、重点対策の一つとして、転倒が含まれる作業行動に起因する労働災害防止が求められている。ここでは、原因や対策を学び職場の転倒事故を防ぐという観点から、転倒災害の実態と対策について2回に分けて述べる。特に本稿では、各年代の転倒災害の実態について紹介する。


2 転倒災害が多い年代
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 厚生労働省の調査によると、転倒の多い年代としては、50代女性が20%程度、60歳以上の女性が30%程度、50代男性が10%程度、60歳以上男性が15%程度となっている(図11)。50歳以上の女性が約半数を占めており、50歳以上の男性が4分の1となっているのが実態である。業種で見ると、小売業や社会福祉施設等の第三次産業における転倒災害が全体の6割以上を占めており、その影響は大きいと言える。第三次産業における労働人口の年代・性別の構成や雇用状態が、転倒災害の年代・性別の構成に大きく影響するものと考えられるが、詳しいことはまだ調査が必要である。男女問わず年齢が高くなるにつれ転倒災害が増加するのは、筋力等の身体機能の低下や認知機能の低下が要因の一つと言われている。また、男性に比べ女性の転倒災害が多い要因の一つとして、女性の方が高齢になると骨密度が低下しやすく、骨折に至りやすい(つまり、休業4日以上の労働災害として報告されやすい)ことが考えられる。
 誰でも閲覧可能な労働災害データをまとめている「職場のあんぜんサイト」を用いて、2017年の転倒災害について分析した結果2)によると、年齢が16歳から44歳までの若壮年、45歳から64歳までの中年、65歳以上の高年齢の3つの群に分けたところ、全業種をまとめた転倒災害の発生割合はそれぞれ、24%、69%、7%となることが明らかになっている。一方、2017年における労働力人口の割合は、各年齢群において、48%、40%、12%となっており、中年群の転倒災害の多さが、単純に働いている方の人数によるものではないことが分かっている。中年群に転倒災害が多い理由の一つとして、身体的能力の衰えの始まりが考えられる。特に、50歳以降の身体バランス、敏捷性等の機能低下は、心身のふらつき感、作業中に危険に遭遇した際の回避能力低下につながり、転倒災害の引き金となる可能性があることが知られている3)。また、転倒に至る原因は、すべり、つまずき、踏み外しの3種類(以下、転倒3要因)に大別できることが知られているが、若壮年群ではすべりによる転倒が多く見られ、中年群になるとつまずきの割合が増加してすべりと同程度となり、高年齢群になるとつまずきによる転倒が多く見られることが明らかとなっている(図2)。これは、前述のように、年齢が高くになるにつれて身体機能の低下が生じることが要因の一つとして考えられるが、具体的な例として、歩行中のつま先の上がり具合が挙げられる。つま先が上がりにくくなれば、障害物等に足部が接触しつまずきに至る可能性が高くなるが、平均的なつま先の上がり具合は、高齢者と若年者の方で差が無いとされている4)。差があるのは、歩行の周期(足が上がる、着地する、反対の足が上がる・・・といった一定のリズム)毎のつま先の上がり具合のばらつきであり、高齢者では歩行中のタイミングによっては、つま先の上がり具合が高い場合と低い場合が存在する4)。このつま先の上がり具合が低い瞬間に、偶発的につまずきによる転倒を起こしていることが示唆されている5)。つまり、高齢者では、身体機能の低下によるものと思われるが、歩行中の姿勢やバランスをリズムよく毎回同じ様に保つことが難しく(再現性が無く)、タイミングが悪ければつまずく、という可能性がある。
 以降、転倒災害の多い小売業、社会福祉施設と、第三次産業の中でも労働人口が多い飲食店について、前述の「職場のあんぜんサイト」のデータを統計的に分析した結果2)に基づいて、事例を踏まえながら紹介する。
 


3 小売業で多い転倒直前の行動と災害事例
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 ここでは、転倒に至る原因と、転倒直前に行っていた行動から場合分けをしている。転倒直前の行動としては、歩行を伴わない単純な動作のみの「単純動作」、同じく歩行を伴わない複雑な動作の「複雑動作」、歩行のみの「純粋歩行」、歩行中に複雑動作を行う「ながら歩行」に分類している。詳細については、参考文献2)を確認されたい。
 表1に、小売業における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例を示す。若壮年群(16~44歳)では、すべり、つまずき、踏み外しを引き起こしやすい行動は特に見られない。すべりによる転倒については、すべりに至る床・路面状況が判別しやすいため、その原因別の分析も行っている。すべりの原因としては、水系、氷・雪に大別しており、油系によるものはその他となっている。若壮年群では、水系で濡れた面、氷・雪によるすべりを引き起こしやすい行動は特に見られない。
 中年群(45~64歳)では、若壮年群と同様に、転倒3要因を引き起こしやすい行動は特に見られない。一方、純粋歩行は、水系で濡れた面にてすべりを引き起こしやすく、単純動作は氷・雪によるすべりを引き起こしやすい。典型的な事例としては、洗浄や清掃のために濡れている床面を通りながら物品を他所に取りに行く作業、凍結・積雪面における通勤用自家用車の昇降、冷凍庫への出入り等が挙げられる。
 高年齢群(65歳以上)では、ながら歩行がすべりを引き起こしやすい。一方、水系で濡れた面、氷・雪によるすべりを引き起こしやすい行動は特に見られない。これは、同区分では統計数が少ないためであると考えられており、統計的な有意差はないが、傾向として、ながら歩行が氷・雪によるすべりを引き起こしやすいことが分かっている。典型的な事例としては、配達中の凍結路面での転倒が挙げられる。高年齢、足以外に注意が向かいやすい状態、低摩擦な路面の組み合わせにより転倒リスクが高い事例と言える。
 
表1 小売業における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例(2017年)2)
業種 転倒リスクの高い行動様式×転倒の原因 典型的事例
小売業
〈中年群(45~64歳)〉
・ 純粋歩行×水系で濡れた床面におけるすべり転倒
・ 単純動作×凍結・積雪面におけるすべり転倒

〈高年齢群(65歳以上)〉
・ながら歩行×すべり転倒
・洗浄や清掃のために濡れている床面を通りながら物品を他所に取りに行く作業(すべり)
・凍結・積雪面における通勤用自家用車の昇降、冷凍庫への出入り(すべり)
・凍結路面での配達(すべり)
 


4 社会福祉施設で多い転倒直前の行動と災害事例
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表2に、社会福祉施設における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例を示す。若壮年群では、転倒3要因を引き起こしやすい行動は特に見られない。一方、複雑動作は、水系で濡れた面にてすべりを引き起こしやすく、純粋歩行は氷・雪によるすべりを引き起こしやすい。典型的な事例としては、浴室や廊下の清掃中に濡れた面での転倒が挙げられる。社会福祉施設では入浴介助の業務等があり、水濡れ面に接する機会が多く、すべり転倒リスクが高いものと言える。また、通勤途中や利用者送迎中、利用者自宅訪問途中での凍結路面による転倒が事例として見られ、社会福祉施設の特徴として、利用者と密接に関わり、施設と利用者自宅との移動が業務としてあるため、純粋歩行での氷・雪によるすべり転倒リスクが高いものと言える。
 中年群では、純粋歩行がすべりを引き起こしやすく、ながら歩行がつまずきを引き起こしやすい。社会福祉施設では、配膳や清掃等の業務があり、手に物を持ちながら歩行し、つまずき転倒に至る事例が多く見られた。水系で濡れた面、氷・雪によるすべりを引き起こしやすい行動は、若壮年群と同様であり、典型的な事例も同様である。
 高年齢群では、転倒3要因を引き起こしやすい行動、水系で濡れた面、氷・雪によるすべりを引き起こしやすい行動は特に見られない。
 
表2 社会福祉施設における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例(2017年)2)
業種 転倒リスクの高い行動様式×転倒の原因 典型的事例
社会福祉施設
〈若壮年(16~44歳)〉
・複雑動作×水系で濡れた床面におけるすべり転倒
・純粋歩行×凍結・積雪面ににおけるすべり転倒

〈中年群(45~64歳)〉
・複雑動作×水系で濡れた床面におけるすべり転倒
・純粋歩行×凍結・積雪面ににおけるすべり転倒
・ながら歩行×つまずき転倒
・ 配膳や清掃等の濡れた面における業務中に手に物を持ちながらの移動(すべり)
・入浴介助,浴室や脱衣所の清掃(すべり)
・ 凍結路面における通勤や、利用者送迎、施設と利用者自宅との移動(すべり)
・ 配膳や清掃等の業務中の手に物を持ちながら歩行(つまずき)
 


5 飲食店で多い転倒直前の行動と災害事例
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 表3に、飲食店における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例を示す。飲食店においては、全ての年齢群において、転倒3要因を引き起こしやすい行動は特に見られない。一方、全体的に水系で濡れた面におけるすべり転倒の割合が大きいことが明らかになっている。つまり、全ての年齢群において、行動様式によらず水系で濡れた床面におけるすべり発生のリスクが高いと言える。これは、飲食店では業務上、水分を含む生鮮品を取扱った調理や配膳等、水で濡れた屋内を移動することが他の業種より多いためと考えられる。典型的な事例においても、そのような状況が多数見られた。
表3 飲食店における転倒リスクの高い行動様式と転倒の原因及び典型的事例(2017年)2)
業種 転倒リスクの高い行動様式×転倒の原因 典型的事例
飲食店
〈全ての年齢群〉
・ 行動様式によらず×水系で濡れた床面におけるすべり転倒
・ 水分を含む生鮮品を取扱った調理や配膳等における水で濡れた屋内の移動(すべり)
 


6 おわりに
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 転倒災害は、年齢が高い労働者、特に女性において多く発生しており、このような現状を念頭に置いた対策が必要となる。年代・性別の違いが転倒災害発生に及ぼす影響は、被災者の心身状態や行動様式によるところが大きいと考えられ、労働者に応じた健康管理や作業管理上の対策が重要と思われる。現実的には、年齢によって強度が異なるものと考えられるが、体幹筋や柔軟性を含めた足部・足趾機能を高めるような運動等をすることが有効と考えられる。また、これまで述べたように、行動様式による転倒リスクが業種特有の作業内容・環境に依存することが明らかとなっている小売業、社会福祉施設では、その作業内容・環境に合わせた対応が求められる。特に、複雑動作やながら歩行での転倒が多い場合、環境依存に加え、労働者の意識の問題でもあるため、事業者および労働者に対する作業上の注意喚起、教育が必要になると言える。また、もちろん、作業環境管理としての労働環境状態の改善は、年代を問わず転倒リスクの軽減につながるため、強く推奨される。具体的な作業環境管理上の対策については、次回紹介する。


参考文献
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  1. 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署(2023)労働者の転倒災害(業務中の転倒による重傷)を防止しましょう、
    https://www.mhlw.go.jp/content/001101746.pdf.
  2. 柴田圭、大西明宏(2023)労働災害における転倒発生直前の行動様式。労働安全衛生研究、Vol.16、No.1、pp.11-27.
  3. 島田裕之、太田雅人、矢部規行、大渕修一、古名丈人、小島基永、鈴木隆雄(2004)痴呆高齢者の転倒予測を目的とした行動分析の有用性、理学療法学、Vol.31、No.2、pp.124-129.
  4. Mills P. M., Brarrett R. S.、 Morrison S.(2008) Toe clearance variability during walking in young and elderly men, Gait Posture, Vol.28, No.1, pp.101-107.
  5. 相馬正之(2016)歩行時の Toe clearance と足趾把持力について-転倒予防の観点から-、ヘルスプロモーション理学療法研究、Vol.6、No.1、 pp.1-7.
 


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