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原因や対策を学び職場の転倒事故を防ぐ―つまずき転倒とすべり転倒の実態と対策―
spacer.gif (独)労働者健康安全機構
労働安全衛生総合研究所
リスク管理研究グループ
研究員
柴田 圭
1 はじめに
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 前報にて述べたように,転倒災害は労働災害の中でも割合が最も多く,また,年々増加傾向にある。このような背景から,これまでに様々な転倒災害防止対策が検討され講じられてきている。労働現場で生じやすい転倒災害の例として,「清掃していた際に濡れていた床ですべって転倒した」,「自家用車で通勤し,駐車場に停めて降車後に輪止めにつまずいて転倒した」等がある。こういった状況は,転倒に至らずとも誰しもが経験しやすい身近なものであると思われる。この「すべり」や「つまずき」を原因とする転倒災害は,全体の約7割を占めている。近年では,「つまずき」の割合が,「すべり」に比べて多い傾向となっている(図1)。本稿では,原因や対策を学び職場の転倒事故を防ぐという観点から,つまずき転倒とすべり転倒に着目し,その実態と対策について紹介する。
 


2 つまずき転倒について
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 転倒は,段差の有無や床面の濡れ状態等といった外的因子と呼ばれる周辺の環境状態,身体的疾患や加齢等といった内的因子と呼ばれる転倒者の心身状態,災害前の被災者の行動様式といった様々な因子2),3)が複雑に影響し発生すると言われている。その転倒の発生原因の一つであるつまずきは,遊脚期(足が宙に浮いている期間)に足部が不意に床面もしくは何かしらの物体に接触することにより,転倒のきっかけになり得る現象4),とされている。足が宙に浮いている状態での現象であるため,足部周辺の凹凸状態(外的因子)はもちろんのこと,接触しないように足を理想的な軌跡で動かすことができる心身状態(内的因子)も重要となる。つまずきによる転倒災害の内,物や凹凸によってつまずく場合が約半数であり,約4 分の1が何もないところ・足のもつれによる場合であることが知られている1)。物や凹凸による,あるいは足のもつれによるつまずきは一般的に想像しやすいと考えられるが,何もないところでつまずくのはなぜだろうか。
 何もないところでのつまずきの理由の一つとして考えられるのが,床面と靴底間の高摩擦である。摩擦が高い=つまずくという認識は一般的であると思われるが,実は,つまずきを意図的に発生させることが難しい等の理由から,高摩擦とつまずきの関係の研究は多くなく,その実態はあまり分かっていない。数少ない研究の中でも,現時点で明らかになっているのは,「すり足」を行っている際に「低摩擦の床から高摩擦の床に変化」すると,前方への転倒モーメント(前に倒れるように回転させようとする勢い)が大きい5),ということである。つまり,すり足歩行で床が高摩擦に変化するとつまずきリスクが高い,と言える。このことは,サンダル,スリッパ,靴下等のすり足になりやすい履物では,つまずきリスクが高く,摩擦の変化に注意が必要であることを示唆している。
 


3 つまずき転倒への対策
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 前述の通り,つまずき現象は,外的因子にも内的因子にも影響されるため,影響因子を切り分け(断定)することが難しい。つまり,ピンポイントで対策を立てることが難しい現象と言える。したがって,つまずき転倒に関しては,可能性のある全ての対策を行うことが必要となる。
 前章を踏まえて,作業環境管理としては,「段差をなくす」,「通路に物を置かない」,「照度を確保する」,「床面の摩擦の変化をなくす」,等の対策が必要となる。作業管理としては,「歩行中に歩きスマホ等のながら動作をしない」,「すり足になる履物を履かない,あるいはすり足をしない」,等が有効と考えられる。健康管理としては,前報においても述べたが,歩行中の動きにばらつきが出ないように「体幹筋や柔軟性を含めた足部・足趾機能を高めるような運動等をする」ことが有効と考えられる。いずれにおいても,床面にある物や凹凸を適切に避けること,足が床面に適切に接地することを念頭においた対策となっている。
 


4 すべり転倒について
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 つまずきとは異なり,すべりの発生は,前述の外的因子である「床面と靴底の間の低摩擦」によるものとほぼ断定可能である。そして,その低摩擦の原因についても断定しやすい。労働安全衛生総合研究所の調査6)によると,冬季においては氷面でのすべり転倒が最も多く,夏季においては水系の濡れた面での発生が最も多い(図2)。 水系とは,純粋な水と,雨,洗剤,味噌汁,お茶,尿などの水溶液のことを指す。氷によるすべり転倒は屋外で,水系によるすべり転倒は屋内で多く発生していることが知られている。冬季の屋外氷面にてすべり転倒が多く発生するのは当然のように感じるが,屋内ですべりやすそうなイメージのある油系ではなく水系によりすべり転倒が多く発生するのは意外に思うかも知れない。水系はそんなにすべらないだろうという先入観から,対策を取らない,あるいは注意しないという可能性がある。
実際には,水濡れ面と油塗布面で靴をすべらせる実験を行うと,水濡れ面に比べ油塗布面の方がすべりやすい結果にはなるが,水濡れ面でも簡単に人をすべらせることができる程度のすべりにくさ(耐滑性)しかない状態になり得る。
 


5 すべり転倒への対策
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5.1 耐滑性について
 すべり転倒を防止するためには,床・地面と靴底のすべりにくさ(耐滑性)を向上させる必要がある。JIS(Japanese Industrial Standard,日本産業規格)に定められている耐滑性には,安全靴(JIS T 8101)7)と作業靴(JIS T 8108)8)に対する基準が存在する。この基準を満たす耐滑性を有していると,耐滑性のある靴として表記可能となっている。靴を選定する際にはぜひ参考にされたい(表示される記号はF1,F2)。JSAA(Japan Safety Appliances Association,公益社団法人日本保安用品協会)が定めるプロテクティブスニーカーにも耐滑性の基準がある。
 耐滑性の指標には,「摩擦係数」という物理的な数値を用いることが一般的である。物理的な数値というととても堅苦しいイメージがあるが,前述のように“摩擦が高い”,あるいは“摩擦力が高い”というような言葉を使うことはあると思われる。「摩擦係数」はその摩擦力の大きさの程度を表す数値である。摩擦係数は,0に近づけばすべりやすく,大きくなるほどすべりにくいことを表す。つまり,摩擦係数が低い=耐滑性に劣る=すべりやすく危険,ということになる。さらに,摩擦係数には静(止)摩擦係数と動摩擦係数の2種類があり,それぞれ,すべり出しにくさや,すべりの止まりやすさといったすべり現象に関係している。前述のJISなどの耐滑性の基準には動摩擦係数が用いられており,0.2の値が最低基準,0.3以上の値が優れた耐滑性を有することを示す。耐滑性のある靴を選ぶ際の注意点として,JISなどの耐滑性基準は全ての床・地面に対応するものではなく,JISなどの試験方法に定められている床材料,濡れ条件といった組み合わせにおけるものとなっている。基本的に,JISの基準は水系や油系で濡れた面に対するものとなるので,積雪面や凍結面,粉体が積もっている床面などには耐滑性があるかどうかはわからない,ということになる。
一方で,凍結面や,粉体が積もっている床面に対して耐滑性があると謳われている靴は,それぞれ市販されているが,逆に水系や油系で濡れた面に対して耐滑性があるかは不明であることが多いので,作業現場の床面を確認してそれに適した靴を選ぶ必要がある。
5.2 水濡れ面・氷面での耐滑性の例
 耐滑性を確認するための摩擦係数を測定する装置も市販されており,試験片ではなく,実際の床面と靴を用いて測定することも可能である9―11)
例として,水道水や洗剤水(水系)で濡らした樹脂床に対して様々な市販靴で測定した結果を,図3に示す。同図より,同じ床面の状態でも靴が異なると摩擦特性が異なることが分かる。また,水道水で濡らした場合には,革靴やナースシューズでも十分な耐滑性があることが分かる。洗剤水の場合には,革靴とナースシューズは安全とは言い難く,一方で,安全靴は耐滑性があると言える。
この安全靴は,JISの耐滑性基準を満たす認定品であるが,こうした濡れ面にはJIS認定の耐滑靴が有効である。また,次に,濡れた氷面に対して様々な市販靴や市販の繊維状材料で摩擦係数を測定した結果を,図4に示す。ここには,JIS認定の耐滑安全靴や,氷面に対して耐滑性があるとされる市販靴が含まれており,一方で,スパイク付きのような硬い凹凸のある靴底は含まれていない。
同図より,安全靴を含め,濡れた氷面に対しては安全に歩行することは絶望的と言える。冬季に積雪や凍結のある地方の労働局では,氷点(0℃)付近の外気温の際に転倒災害が多く見られることをデータで示しており,氷と水が混在している場合,つまり濡れた氷面がいかにすべりリスクの高い路面であるかが伺える。一般的な靴のみで濡れた凍結路面に対応することは困難であり,後述の多面的な対応が必要と考えられる。ちなみに,図4に含まれる耐滑安全靴や氷上耐滑靴は,乾いた氷面では十分な耐滑性を有しており,このような乾いた状態と濡れた状態の氷面に対する耐滑性のギャップも危険な要素の一部と言える。
5.3 作業環境管理の観点からのすべり転倒への対策
 まず,可能であれば,床面の摩擦係数を測定してすべりリスクを把握することに努められたい。
そして,屋内で多くみられる水系で濡れた面でのすべり転倒に対しては,「清掃等で濡れた面を放置せず乾燥させる」,「防滑と呼ばれる表面を粗くする加工を施す」,「汚れをつきにくくする防汚コーティングは濡れ面ですべりやすくなる可能性が高いため避ける」ことが望ましい。作業の都合で乾燥状態を保つことが難しい場合に有効な防滑加工であるが,一方で,靴底が摩耗しやすい,清掃しにくいなどのデメリットもあるため,濡れが想定される総菜・鮮魚・精肉部門の床面やスロープ,多くの通行者が見込まれる通路等に限定して施工するのが適切と言える。また,近年,浴室に耐滑性のある床材を採用する例も増加している。
 屋外で多くみられる氷によるすべり転倒に対しては,「凍結防止剤を散布する」,「氷面を砕いて路面を露出させる」,「すべり止め剤の砂を散布する」ことが望ましい。一方,凍結はいつ・どこで発生するのかわかりにくく,凍結防止剤やすべり止め剤も都合よく調達できるとも限らない。すべる前提で,すべったとしても転倒しない,あるいは受傷しないように,「手すりを配置する」こと等が考えられる。
5.4 作業管理の観点からのすべり転倒への対策
 水系や油系で濡れた面に対しては,前述のように,「JISやJSAAに耐滑性を有すると認定された安全靴・作業靴を採用する」ことが望ましい。
耐滑性を有する靴は,靴底がすり減ると効果が小さくなるため,早めの交換が重要となる。靴底のブロック(あるいは溝)の高さ減少よりも,「ブロックの角部の丸まり度合を基準に交換する」ことが望ましい。ブロックの角部が丸まると,驚くほど耐滑性が低下する場合もあるため,十分に注意されたい。
 凍結路面に対しては,「スパイク付きなどの氷用耐滑靴を持ち歩く」,「氷上ですべりにくい歩行方法を習得する」こと等が考えられる。
 すべりにくい歩き方について,基本的は,足から地面に伝わる力を小さくなるように歩けば,すべりは発生しにくくなる(図5)。具体的には,「歩幅を小さくする」,「膝を曲げて,足裏前面で接地するように歩く」,「上体を少し前傾させて歩く」,「歩行率(歩行のテンポ)を少し上げる」ことが有効となる。基本的にいずれも,体の重心がより前になるような姿勢となる。この歩き方は,都心部で降雪が予想されるとよく報道で特集される歩き方と基本的に同じである。
 また,すべりやすい動作を行わないことも重要である。方向転換時や歩行停止時等は,足から地面に伝わる力がより強くなりすべりが発生しやすくなるため,すべりやすいと予想される場所では,「小刻みにゆっくり方向転換する」,「急に止まらずにゆっくり止まる」ことを心掛けるべきである。
 


6 おわりに
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 労働災害以外でも,不慮の転倒事故で亡くなる方の数は交通事故のそれを上回っている。転倒は,立っている限り誰にでも起こり得る災害である。
本稿が転倒災害防止への意識改革となるきっかけになることを願う。
 


参考文献
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  1. 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署(2023)労働者の転倒災害(業務中の転倒による重傷)を防止しましょう,
    https://www.mhlw.go.jp/content/001101746.pdf.
  2. 島田裕之(2002)介護老人保健施設の理学療法:長期ケア施設における機能評価と転倒予防の方法,理学療法科学,Vol.17,pp.141―148。
  3. 島田裕之,太田雅人,矢部規行,大渕修一,古名丈人,小島基永,鈴木隆雄(2004)痴呆高齢者の転倒予測を目的とした行動分析の有用性,理学療法学,Vol.31,No.2,pp.124―129.
  4. 齋藤孝義,菅沼一男,金子千香,斎藤由香里,丸山仁司(2016)「つまずき」が原因の転倒と年齢との関係について,理学療法科学,Vol.31,No.1,pp.111―115.
  5. Takeshi Yamaguchi,Kei Shibata,Hiromi Wada,Hiroshi Kakehi,Kazuo Hokkirigawa(2021)Effect of foot―floor friction on the external moment about the body center of mass during shuffling gait:a pilot study,Scientific Reports,Vol.11,12133.
  6. 大西明宏(2020)休業4日以上の労働災害における転倒原因―月ごとの集計から見た特徴―,人間工学,Vol.56,No.3,pp.101―107.
  7. JIS T 8101(安全靴),2020.
  8. JIS T 8108(作業靴),2020.
  9. 野村修平,野村俊夫,堀切川一男,山口健,柴田圭(2014)移動型靴/床静・動摩擦係数測定システムの開発,日本トライボロジー学会トライボロジー会議2014春 東京,A22.
  10. Kei Shibata,Shunta Abe,Takeshi Yamaguchi,Kazuo Hokkirigawa(2016)Development of Cart―Type Friction Measurement System for Evaluation for Slip Resistance of Floor Sheets,Journal of Japan Society for Design Engineering,Vol.51,No.10,pp.721―736
  11. (一社)日本人間工学会:人間工学グッドプラクティスデータベース,ED―156「移動型靴/床静・動摩擦係数測定システム「n―cart」」,
    https://www.ergonomics.jp/gpdb/gpdb-list.html?gddb_id=108,2020.
 


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