フルハーネス型墜落制止用器具について(フルハーネス型の有効性)
日本安全帯研究会
技術委員長
井上 均
はじめに
厚生労働省が公表している“労働災害死亡者数発生状況”の分析では,『墜落・転落』を要因とする死亡者数が最も多くを占めており,この状況は長年にわたり継続しているようです。
このことは,『墜落・転落』がひとたび発生すると重大災害に繋がることを意味します。
日本安全帯研究会としては,高所作業に携われる方々に高品質な墜落制止用器具を提供することは勿論,墜落制止用器具の特性を含めた選定,正しい使い方,及び作業前点検・耐用年数等についても説明を行い,正しく理解して頂くことで墜落・転落災害の減少に寄与できるものであると考えています。
「墜落制止用器具の規格」の全部改正(平成31年1月25日告示)の使用制限には,“6.75メートルを超える高さの箇所で使用する墜落制止用器具は,フルハーネス型のものでなければならない。”と規定され加えて,フルハーネス型を用いて作業を行う場合には,「特別教育」の受講が義務付けられました。一方,関係法令の改正に伴い発出された「墜落制止用器具の安全な使用に関するガイドライン(平成30年6月22日基発0622第2号)以下ガイドラインと称す。」には,墜落制止用器具の選定の基本的な考え方として“墜落制止用器具はフルハーネス型を原則とすること。”と指標が示されています。
本稿では,何故そのような指標が示されているのかについて,人体ダミーを用いた落下試験結果から得られたフルハーネス型の有効性と共に,フルハーネス型の落下距離の低減対策についても説明しています。
1 墜落制止用器具に関する国内と海外の考え方について
平成29年6月13日付け「墜落防止用の個人用保護具に関する規制のあり方に関する検討会報告書」には,胴ベルト型は着用者の身体を胴部だけで支持する構造であるため,身体捕捉時の衝撃による内臓の損傷,救出されるまでの宙吊り状態下での胸部等の圧迫による危険性が指摘されており,国内で胴ベルト型の使用に関わる死亡災害が確認されている(抄)。と記載されている。
このようなことから,ガイドラインには“墜落制止用器具は,フルハーネス型を原則とすること。ただし墜落時にフルハーネス型の墜落制止用器具を着用する者が地面に到達するおそれのある場合は,胴ベルト型の使用が認められること。”と指標が示されている。
一方,海外ではISO(国際標準化機構),及びEN規格(欧州標準規格)等には,個人用墜落制止用保護具としては“フルハーネス型”のみが認められている。
このように,国内と海外では墜落制止用器具に対する考え方に大きな違いがある。
2 落下距離について
落下距離は,墜落制止用器具の性能の重要な要素の一つでもある。
『墜落制止用器具の規格』には落下距離の定義として“墜落制止用器具が着用者の墜落を制止するときに生じるランヤード,及びフルハーネス又は,胴ベルトの伸び等に自由落下距離を加えたものをいう。”と規定されている。
「自由落下距離」とは,墜落阻止時にランヤードが緊張し,ショックアブソーバが作動するまでの距離をいう(
図1
中央)。
標準的な手すり高さ(0.85m)にフックを掛けた場合,フルハーネス型のD環位置(ランヤード接続位置)は着用者の足下から1.45m
注1
で,一方胴ベルト型のD環位置は着用者の足下から0.95m
注2
である。従って両者には自由落下距離で0.6mの差が生じる(
図2
)。
注1,注2: 墜落制止用器具の規格(解釈例規)に標準的な使用条件として,これらの数値が示されている。
従って,標準的な手すり高さ(0.85m)にフックを掛けた場合には,フルハーネス型が胴ベルト型に比べ落下距離は長くなる(
図3
)。
このことから,ガイドラインには“フルハーネス型を着用する者が地面に到達するおそれのある場合は,胴ベルト型の使用が認められること。”と示されている。
3 D環取付位置と同じ高さの構造物にフックを掛けた場合の落下距離について
フルハーネス型,及び胴ベルト型のフックを“D環取付高さ”の構造物にフックを掛けた場合,自由落下距離(墜落阻止時にランヤードが緊張し,ショックアブソーバが作動するまでの距離)は,ほぼ同じ長さとなる。従って同じ仕様のランヤードを用いた場合には,胴ベルト型とフルハーネス型の落下距離には大きな差はない(
図4
)。
ガイドラインでは,落下距離の長短で“墜落時にフルハーネス型の墜落制止用器具を着用する者が地面に到達するおそれのある場合は,胴ベルト型が認められること(再掲)。”と示されているが,両者には墜落制止に至るまでの“挙動”と制止後の“宙吊り状態”において大きな違いがある。
その違いについて4項で説明する。
4 墜落制止用器具の特性について(墜落制止に至るまでの体勢)
製造者は,『墜落制止用器具の規格』に規定されている構造・強度,及び耐衝撃性等についてすべて満たした製品を製造しなければならない。それに加え,墜落制止用器具は,着用者の墜落を防止することは勿論であるが,墜落阻止から制止に至るまでの着用者の“挙動”と制止後の“宙吊り状態”についても重要な性能要求であると言える。
そこで,人体ダミー
注3
を用い,フルハーネス型と胴ベルト型の落下試験を行い,墜落開始から墜落制止に至るまでの“挙動”とその後の“宙吊り状態の体勢”について確認した。
それぞれについて,墜落阻止から墜落制止に至るまでの“挙動”とその後の“宙吊り状態の体勢”について説明する。
注3: 人体ダミー 自動車衝突実験用人体ダミー(ハイブリッドⅢ50th)質量100kg
4.1 胴ベルト型の落下試験結果
胴ベルト型の落下試験結果をコマ送りの写真(
図5
)に示している。墜落阻止の瞬間に胴部で衝撃荷重を受け,人体ダミーが“への字”状になる。その後,頭部や脚部が大きく振られ“宙吊り状態”では胴部一箇所で支持される体勢となる。
試験結果の要約
衝撃荷重が胴部一か所に集中する。
胴部のみに装着する構造であるため,一箇所に衝撃荷重が集中する。
頭部が最下点となる体勢が発生する。
墜落阻止時に発生する慣性力により,頭部や脚部が大きく振られる現象が継続する。その過程で,頭部が最下点となる体勢が発生する。
宙吊り状態は,胴部一箇所で支持する“への字”状態になる。
この“宙吊り状態”が1 墜落制止用器具に関する国内と海外の考え方で示した,“宙吊り状態下での胸部等の圧迫による危険性が指摘されている。”事例に相当するものである。
4.2 フルハーネス型の落下試験結果
フルハーネス型の落下試験結果をコマ送り写真(
図6
)に示している。墜落開始から制止に至るまでの間,人体ダミーの挙動には殆ど変化は確認できない。また,“宙吊り状態”下では複数のベルトで身体が保持され,一箇所に荷重が集中することはない。
試験結果の要約
衝撃荷重を身体の主要部で受ける。
肩・腿等の複数箇所で衝撃荷重を受ける(衝撃荷重が一箇所に集中しない)。
身体の保持機能が優れている。
複数のベルトで身体を支持する構造であるため,墜落制止時には,身体を確実に保持することができる。
宙吊り状態の体勢が安定している。
墜落制止時の体勢は,ほぼ直立状態であり“宙吊り状態”時に加わる苦痛が軽減できる。
尚,胴ベルト型とフルハーネス型の落下試験結果の動画を,以下の二次元バーコードに収録している。
5 フルハーネス型の落下距離低減対策について
フルハーネス型と,胴ベルト型には“宙吊り状態”には大きな差があることは既に述べた通りであるが,更にフルハーネス型において次の対策を講じることで落下距離が低減でき“墜落制止用器具はフルハーネス型を原則とすること。”に繋げることができる。
フック取付け位置を高くする。
ロック機能付き常時巻取り式ランヤード
注4
を選定する。
注4:ランヤードの一種で,落下等による瞬時のストラップの繰り出しをロックする機能を搭載した器具(ランヤードの種類等については次回で説明する)。
これらの対策を講じ,JIS T 8165:2018に規定されている試験方法(落下体質量:100kg)に従って,落下距離を測定した。尚,フック取付け高さは0.85m,1.45m,2.05m
注5
とし,その試験結果を
表1
に示した。
注5:2.05mはD環取付高さ1.45mに0.6mを加えた値を示す。
試験結果から,フック取付け高さをD環取付位置(1.45m)の高さにし,『ロック機能付き巻取り式』を選定することで,落下距離は2.11mとなる。この値は労働安全衛生規則で定められている高所作業の高さとほぼ同じ値とであり,2m以上の高所作業ではフルハーネス型の使用が可能となることから,ガイドラインに示されている“墜落制止用器具はフルハーネス型を原則とする。”基本方針が実現できる。
6 墜落制止用器具の選定(プロセス)について提案
フルハーネス型と胴ベルト型の墜落阻止に至るまでの挙動と,その後の“宙吊り状態”の体勢を比較した結果から,フルハーネス型の有効性が確認できた。
また,フルハーネス型の使用において落下距離の低減対策を行った試験結果から,落下距離を抑えられることも確認できた。
これらのことから,日本安全帯研究会として
図7
に示す墜落制止用器具の選定のプロセスを提案する。
おわりに
本稿では,墜落阻止時における“宙吊り状態”を基に,フルハーネス型の有効性について説明しました。このことから,ガイドラインに示されている“墜落制止用器具はフルハーネス型の使用を原則とすること。”の趣旨が理解頂けたものと考えています。
同時に,フルハーネス型着用時における落下距離低減対策についても十分な説明を行う等,フルハーネス型の普及活動に取り組んでいきます。
次回では,フルハーネス型,及びランヤードの種類と特長,使用上の注意事項等について説明します。