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熱中症対策における効果的なプレクーリングについて 深部体温を下げ体温上昇を抑えるアイススラリー
spacer.gif  大和ハウス工業㈱
本社技術統括本部
安全部連携グループ
井上葉慈
1 初めに
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 熱中症は,特に夏季において多くの人々に影響を与える深刻な健康問題である。建設現場などの作業に従事する労働者にとっては,熱中症対策は極めて重要である。本論文では,弊社が取り組んできた具体的な対策について紹介する。


2 背景
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「熱中症」は,高温多湿な環境下で,発汗による体温調節等がうまく働かなくなり,体内に熱がこもった状態を指す。熱中症は,軽度の熱疲労から重篤な熱射病まで様々な症状を引き起こし,最悪の場合には死に至ることもある。特に高温多湿な日本の夏季には,その発生リスクが高まる。過去数十年にわたり,日本国内では熱中症対策が重要な課題として取り上げられてきた。
2021年,「STOP!熱中症クールワークキャンペーン」実施要綱において,WBGT値が高い暑熱環境の下での作業において,作業開始前に深部体温を下げるプレクーリングが初めて記載された。
これは,従来の外から体温を下げる方法に加えて,体内からの冷却を重視する新たなアプローチである。弊社では,2021年より市販されている「アイススラリー」を現場常備品として展開し,従来の外から体温を下げる考え方から深部体温に注目した新たな対策を導入した(写真1)。
 近年では,地球温暖化の影響により,夏季の気温がさらに上昇し,熱中症のリスクが一層高まっている。このため,政府や企業はより効果的な対策を求められている。例えば,環境省は「熱中症予防情報サイト」を開設し,市民や企業に対して熱中症予防の重要性を啓発している。
 


3 アイススラリー
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 アイススラリーは,身体内部冷却を実践する新しい熱中症対策として注目されている。アイススラリーは家庭の冷凍庫で凍らせることができ,飲める氷により身体を内側から冷却する効果がある。
常温保存が可能で,冷凍と解凍を繰り返してもスラリー状を再現できる点が特徴である(図2)。
 アイススラリーは,細かい氷の粒子が液体に分散した状態の飲料で,流動性が高いため通常の氷よりも体の内部を効率よく冷やすとされている。
スラリーとはドロ状,かゆ状という意味で,これが喉から食道,胃,腸へ貼りつきながら流れていくため,消化管粘膜への接触面が多く,冷却効果が高いとされている(図2)。
 アイススラリーの開発と研究は一部の飲料メーカーで進められており,熱中症対策の本質である深部体温上昇を抑制するとして着目されている。
アイススラリーは,通常の氷や冷水よりも効率的に体温を下げることができるため,熱中症予防の新たな手段として期待できる。
 


4 当社の具体的な取組み
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 2018年は熱中症が過去一番多かった年であり,当社ではその対策としてスポーツドリンクを安価で購入できるよう,容易に手に取って水分補給できる対策として,自動販売機で購入する際の費用を助成し,50円で購入できる取組みを実施した。
これは職方の皆さまに非常に好評で,瞬く間に売り切れとなり,都度補充を行う盛況ぶりだった。
このように熱中症は個人が対応するだけではなく,建設現場の元請と協力会社が一体となり対策を実施していく取組みとすることが必要である(写真2)。
 2021年には,プレクーリングの考え方を取り入れ,協力会社向けの現場備品等の購入斡旋冊子「SENSE・センス」で紹介を開始した。プレクーリングの有用性を広めるため,勉強会等を通じて当社が元請の建設現場に浸透させた(図3)。
 各現場においては,毎日の安全施工サイクルにプレクーリングを取り入れ,朝礼後にアイススラリーを飲むことで深部体温を下げる習慣を推奨した。休憩所の冷凍庫にアイススラリーを常備し,誰でも手軽に摂取できる状態とした(図4)(写真3)。また,作業中の休憩時間にもアイススラリーを摂取することで,体温の上昇を抑える努力を続けている。
 特に夏季には,熱中症のリスクが高まるため,職方の健康状態を把握し,必要な対策を講じることが重要である。


5 取組み結果
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 アイススラリーを含む総合的な取組みにより,当社熱中症災害の件数は大きく抑制された。2018年に対して2022年は4割減少し,2023年も同水準を保っている。一方,厚生労働省の建設業熱中症統計ではやや右肩上がりの傾向が見られる。
 これは,建設現場における労働者の健康と安全を守るための努力が実を結んだ結果である。
 具体的なデータとして,当社の熱中症統計によると,アイススラリーを導入した2021年以降,熱中症災害の発生件数は減少傾向にある。特に,猛暑が続いた2022年と2023年においても,熱中症災害の発生件数は2018年に比べて大幅に減少した(図5)。
 また,労働者からのフィードバックも非常に好評である。アイススラリーを摂取することで,作業中の体温上昇を抑えられるため,体調が良くなり,作業効率が向上したとの声が多く寄せられている。このような効果は,アイススラリーの導入が労働者の健康と安全に寄与していることを示している。
 


6 アイススラリーの活用
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 厚生労働省の2023年度は職場における熱中症による死傷災害の発生状況の資料にある時間帯別発生状況を見てみると,作業開始後まもなくして熱中症発症が高い傾向が確認されている(図6)。
 アイススラリーは深部体温を下げ,体温の上昇を抑える効果があるため,まずは作業開始前のプレクーリングとして有効である。
 アイススラリーの活用としては,単に作業開始前のプレクーリングだけでなく,作業中の体温管理にも有効である。例えば,作業中にも定期的にアイススラリーを摂取することで,体温の急激な上昇を防ぎ,熱中症のリスクを低減することができる。
 また,アイススラリーは,他の熱中症対策と組み合わせることで,より効果的な対策を実現できる。例えば,空調服やペルチェ式冷却ベストと併用することで,外部からの冷却効果と内部からの冷却効果を同時に得ることができ,熱中症のリスクをさらに低減することができる。
 


7 その他の取組み
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 当社では,アイススラリーの活用以外にも様々な熱中症対策を実施している。その一つがペルチェ式冷却ベストの着用推奨である。ペルチェ金属を利用したこのベストは,首裏と両脇の三か所を冷却し,空調服と兼用することでさらに冷却効果を発揮する。
 ペルチェ式冷却ベストは,電気を流すと片面に「冷却」,もう片面に「発熱」する熱移動を利用した商品で,首裏,両脇の三か所を金属面で吸熱し即冷却する。上着を選ばない取り回しと空調服との併用により,さらに冷却効果を高めることができる(写真4,5)。
 さらに,当社では,熱中症対策の一環として,作業環境の改善にも取り組んでいる。例えば,作業現場における日陰の設置や,冷房設備の導入など,労働者が快適に作業できる環境を整えるための対策を実施している。
 また,当社では,その他にも熱中症対策のための新しい技術や製品の導入も検討している。例えば,ウェアラブルデバイスを使用して個々の労働者の体温や湿度をリアルタイムでモニタリングし,熱中症のリスクが高まった場合には警告を発するシステムなどが考えられる。
 


8 今後の取組み
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 熱中症は防げる疾病であるという認識が広がっている一方で,近年の気温上昇により個人の対策だけでは十分とは言えない状況である。アイススラリーを重点的に熱中症予防の対策として位置づけ,さらなる普及と効果的な活用に努めていく。
 また,アイススラリーの普及を促進するために,他の企業や業界団体との連携を強化している。例えば,建設業界全体でのアイススラリーの導入を推進するためのキャンペーンや,他の企業との共同研究などを通じて,アイススラリーの普及と効果的な活用を目指している。
 今後も,熱中症対策の研究と実践を続け,労働者の健康と安全を守るための最善の方法を追求していく。そして,これらの取り組みを通じて,より多くの人々に熱中症のリスクを理解してもらい,適切な対策を講じることの重要性を広めていきたいと考えている。
 


9 終わりに
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 熱中症対策は,労働者の健康と安全を守るために不可欠である。当社では,プレクーリングを含む新たな対策を導入し,熱中症災害の抑制に成功している。今後も継続して効果的な対策を検討し,より安全な作業環境を提供していくことを目指している。
 本論文で紹介した取組みは,弊社の一例に過ぎないが,他の企業や業界にも参考になる点が多いと考えている。今後も,熱中症対策の研究と実践を続け,労働者の健康と安全を守るための最善の方法を追求していく。
 最後に,熱中症対策は一人ひとりの意識と行動が重要である。労働者自身が自らの健康を守る意識を持ち,適切な対策を実践することが求められる。当社では,今後も労働者とともに熱中症対策を推進し,より安全で健康的な作業環境を実現していくことを誓う。
 


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