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YAHAGI式 新・ヒヤリハット活用術 「他人事」から「自分事」へ 真の安全第一を目指して
spacer.gif  矢作建設工業㈱
安全環境品質本部
安全環境部長
紀伊 保
1 はじめに
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「 1:29:300」
 これは,安全衛生管理の世界では,誰もが知っている有名な数字だ。『ハインリッヒの法則』といい,1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり,さらにその背景には300の異常(ヒヤリ・ハット)が存在するというものだ。この法則から,重大事故を防ぐためには,事故や災害に至らなかったヒヤリハットをつぶしていけばいいと言われている。
 しかし,現場は生き物だ。机上の理論だけでは労働災害を防ぐことはできない。やはり,人が現場で働く以上,労働災害が完全には無くなることはあり得ないのだ。それでもなお,私たちはゼロ災に向けてあくなき努力と挑戦をしていくしかない。ここでは,当社が実施している労働災害防止に向けたヒヤリハット事例を用いた取組みと安全衛生教育について報告したい。


2 日本人が培ってきた安全文化
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 日本と欧米の安全に対する考え方の違いを表した比較表がある(表1)。
表1 日本と欧米の安全の考え方の違い1)
日本の考え方 欧米の考え方
  • 災害は努力すれば,二度と起こらないようにできる
  • 災害は努力しても技術レベルに応じて必ず起こる
  • 災害の主原因は人である
  • 災害防止は技術の問題
  • 技術対策より人の対策
  • 人よりも技術対策
  • 管理体制,教育訓練と規制の強化で安全を確保
  • 人は必ず間違いを起こす
  • 技術力向上がなければダメ
  • 安全衛生法で対人及び設備の安全化を目指す
  • 設備の安全とともに,事故が起きても重大災害にならない技術を開発
  • 災害が発生するたびに規制を強化
  • 災害のひどさ低減化技術の努力
 仕事にも自分にも厳しい日本人は,努力すれば災害は起こらないと考えているが,欧米ではドラステックに努力ではなく技術だと考えている。また日本では,災害が起こる原因は人にあり,厳しい規律を守れば,そうしたミスを防ぐことができるという考え方をもっている。
 つまり日本の安全文化は,まじめでコツコツ取り組む素晴らしい国民性や個人の能力に依存しながら,努力を積み重ねて技術力や安全管理能力を培って形成されてきたものだといえよう。
 そのこと自体は,悪いことではない。欧米には欧米の考え方があり,日本にはそうした文化があっただけだ。
 私は,いきなり欧米のやり方を導入するより,こうした日本人の持つ安全文化のいい面を生かした状態で安全衛生管理を進めていくことが肝要だと考えている。
 


3 今までの安全衛生管理の盲点
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 前述したように,日本人の安全の考え方は,個人の能力に依存するところが大きい。だとすると,大勢の職人さんが同じ場所で仕事をする建設現場では,個人の能力ややり方がバラバラだと不都合が生じる。
 そこで,最低限のルールを決め,全体のレベルアップを図ろうとしてきた。それが,労働安全衛生法などの法令や社内ルール,あるいは安全衛生教育である。
 もちろん,こうした枠組みは,大きな成果を上げてきた。法令が定められていない高度成長期には,年間2,400人もの犠牲者が建設現場から出ていたのだ。その後の法整備やマネジメントシステムの導入で犠牲者は激減した。
 日本人は,決められたこと,教えられたことをまじめに守ることは得意だ。その国民性にこうした枠組みがピッタリと,はまったからだといえよう。
 現場での危険を先取りするKYK(危険予知訓練)は,リスクアセスメントを兼ねたものや現場KYK,一人KYKなどに進化してきた。自ら危険を見つけ除去または認識することで労働災害を防ぐ小集団活動として,40年以上も続けられている。
 しかし,ここに落とし穴があることに気づかなければならない。「知識」として学んだことは,誰もが同様に理解しているとは限らないのだ。そこに「経験」がないということが,理解をあいまいにし,さまざまな思い込みを生じさせている。
10人いれば10通りの理解や思い込みがあるといってもいい。ましてや,人手不足の昨今では未経験者や高年齢者,外国人労働者がどこの現場にも一定数存在している。そもそも経験の少ない彼らが危険と思わないものは,予知のしようがないのだ。
 そこで,経験がないのなら,過去の出来事や豊富な経験を持つベテランの話を聞いて,「疑似体験」しようと考えた。それが,災害事例やヒヤリハット体験の水平展開である。より多くの事例を活用することで,危険を「知識」として正しく理解し,現場に潜むリスクに対する危険感受性を高めようとしてきたのだ。
 


4 理論に実態がついていけていないジレンマ
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 どこの企業でも蓄積された過去のデータを元にさまざまな分析や指標を出して,注意喚起をしている。事故や労働災害が発生すると,細かくその時系列や原因を調査し,対策と再発防止策を樹立する。そして,各現場への水平展開まで一気に行い「対策完了」とする。
 だが,本当の意味で安全管理に「完了」はあり得ない。どこまで行っても,危険源やリスクは存在しているからだ。
 大切なことは,こうした災害事例を他山の石として自分のことだと認識し,再発防止をやり続けるということだ。そうして初めて,過去の痛い思いが「教訓」として効果を発揮する。
 また膨大なヒヤリハット事例を集めて,発生した時間帯,曜日,年齢,災害の型,災害の回避要因などさまざまな角度から分析している。
 これについても,データを集計し,ある種の傾向や指標を出すことが目的になっていないだろうか。あるいは,その報告の内容は棚に上げ,なるべく多くの報告を集めることに腐心していないだろうか。
 そうして,無理やり集めたヒヤリハット事例の統計を示しても,現場で働く人たちにとっては結局「他人事」でしかない。
 ヒヤリハット報告書を出せと言いながら,返す刀で『ハインリッヒの法則』を例に出し
「重大事故を防ぐためには,現場のヒヤリハットをなくしていきましょう!」
 といっても,そこには矛盾と無関心しか残らない。ルールや法律,システムでがんじがらめにされた人たちは,それさえ守ればいいんだろうと自ら考えるのをやめてしまう。こうした現状は,日本人の持つ真面目で実直な個性をないがしろにしているといわざるを得ない。


5 血の通った安全衛生管理を目指して
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 工学的な考え方を用いたシステムやAIの活用など新しいやり方を取り入れることは重要だ。しかし,そこに日本人らしい安全文化を取り入れていくことも忘れてはならない。
 そこで当社では,「他人事」を「自分事」として受け止め,本来個人が持っている能力と個人の責任感を高めていく取り組みを行ってきた。
 以下にその代表的な取り組み事例を報告する。
(1) 不安全状態に気づく
ハインリッヒの法則では,300件のヒヤリハットをなくせば,重大事故も無くなるといわれているが,実際の現場にはヒヤリハットにもならない不安全状態や不安全行動が無数に存在している(図1)。
 ヒヤリハット報告書にすら出てこないこうした「危険源」に気づき,解消していかなければ,ヒヤリハットも重大災害もなくならない。
 不安全状態は,現場の巡視や安全パトロール時に発見し,指導・是正される。こうした指導事項や是正報告は,安全指導員と現場の担当職員とで交わされる。そして,これらの不安全状態,不安全行動は,安全配慮義務がある事業者まで伝えられないまま現場で是正されていた。
 そこで,各現場で実施した安全パトロール実施報告書から重大な指導事項や繰り返し指導されているものをピックアップして毎週発信するようにした。
 450名の現場担当職員には直接LINEWORKSを利用して配信するとともに,協力会社にもメーリングリストで配信するようにした。これにより,実際の現場がどんな状況で,どこが不安全状態であるかをタイムリーに共有できるようになった。
 パトロールのたびに露見される不安全状態を完全になくすことはできないが,一人ひとりの危険感受性と自主管理能力を高めるための仕組みである。
(2) 不安全行動に気づく
 事故や災害の95%は,不安全状態と不安全行動によって起こる。不安全状態は,一目瞭然だが,不安全行動は,写真や言葉だけで伝えることが難しい。そこで,『安全管理1000本ノック』と称して,1分~2分のショートムービーを制作して配信した。経験の浅いSNS世代の若い職人さんをターゲットにしたもので,朝礼前や休憩時でもスマホで簡単に閲覧できるようにした。大型のモニターを用いたデジタルサイネージを活用している現場では,朝礼時にこのショートムービーを流すようにした。
(3) 災害事例の水平展開
 4章で述べたように,事故や災害が発生すると直ちに対策会議を開いて再発防止資料を作成し,水平展開している。この資料を各現場の休憩室に掲示し,誰もが目にできるようにしてきた。しかし,それで周知が十分だとは到底思えない。壁に貼られた資料をみても「他人事」と思っている人は,同じ失敗を繰り返す。その証拠に「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り,数ヶ月たてばせっかく樹立した再発防止策が,ないがしろにされていた。
 そこで,災害事例の周知資料を利用して以下の手順でケーススタディをするような仕組みを作った。
①各現場で実施日を設定してもらう
②朝礼で所長が災害の概要と原因までを伝える
③周知資料の内,すでに当該現場で樹立した対策方法を消し込んだシートを配布し,KYKの前に各班で対策を考え,書き込んでもらう(図2
④当日にその災害事例と関連した作業が予定されている場合,その内容をKYKにも反映させる
 一方的に対策を伝えても,聞き流していては今日の作業に落とし込めないが,こうすることで,災害の原因と対策を自らの頭で考えるようになる。
対策を自分たちで議論するショートディスカッションをすることで『生きた疑似体験』になり「自分事」として認識できるようになった。
(4) ヒヤリハット事例の活用
 現場でのヒヤリハット事例を集める一方で
「ヒヤリハットをなくそう!」
 と提唱していては,ヒヤリハット活動自体に矛盾が生じる。そこで,建災防の『新ヒヤリハット報告』を参考に,ヒヤリハット体験は,災害を未然に防いだ『成功体験』として位置づけ,発生原因ではなく成功要因として募集した。
 その成功要因を見たところ,人的要因では「とっさに避けた」「特に思い当たらない」など,疑似体験として身につけることが難しいものも多い。物的要因では「安全靴」「ヘルメット」「手袋」などの保護具使用による成功要因が多数見られた。
 一方で,管理的な成功要因として「特にない」というものが約半数を占め,「朝礼での指示を思い出した」というものが,極端に少なかった(表2)。
表2 ヒヤリハットデータ
項目 内容 比率
人的要因 とっさに避けられた 19%
特にない 14%
キケンと感じた 13%
物的要因 安全靴をはいていた 32%
ヘルメットを被っていた 23%
手袋をしていた  9 %
管理的要因 特にない 46%
KYKで予測した 21%
仲間に声をかけられた 19%
 また,効果的と思われる安全対策を問うたところ,さまざまな方法が挙げられ,特に効果的といえるものがなかった。当たり前だが,安全管理にこれさえやればいいという万能の手法はない。誰もが,模索しながら日常の安全管理に問題意識や改善意欲を示してるといえよう(表3)。
表3 効果的と思われる安全対策
効果的と思われる安全対策 比率
過去のヒヤリハット体験 9%
現地での打合せ 8%
周囲の状況把握 8%
コミュニケーション 8%
5S(整理整頓清潔清掃習慣) 6%
仲間への気配り 6%
KYK 6%
一人KYK 5%
同僚や先輩の話 5%
 これらの結果を見ると,個人の能力や保護具の着用などの規律を守ることで事故や災害を防ぐという日本人の国民性が伺える。その反面,われわれ現場管理者が最重要事項と認識している『現場の朝礼』が,いかに他人事でしか聞かれていないかということも露呈された。
 そこで伝える工夫をした。それは,集めたヒヤリハット事例の中から代表的なものを選んで,ストーリーとして伝えることだ。集計表や統計結果は,他人事として聞き流される。そうではなく,実際に経験した匿名の人物像が頭に浮かぶ「ストーリー」として伝えることで,共感が生まれる。
人が自分事として捉え,行動変容に至るためには,感動や共感が不可欠なのだ。
 そのため,このヒヤリハットストーリーは,
①文章と写真で伝える
②動画とナレーションで伝える
③マンガで伝える
 ―の3つの方法で伝えるようにした。
 これは,さまざまな世代や経験の差があっても共感でき,記憶に残るようにするための工夫である。
 文章と写真で伝える資料では,実際にヒヤリハットを経験した本人にヒアリングを行い,その人がその瞬間に感じた気持ちをリアルに伝えるようにした。感情のこもらない統計資料ではなく,「あぁ,落ちる,死ぬかもしれない」といったその人の言葉をそのまま伝えるようにした。モノクロの写真と生の言葉は,朝礼でマイクを使って発表するよりも見る人の心に届く。自分もそれによく似たヒヤリハットを経験したと思う人も多く,そこに共感が生まれる。この共感こそが自分事として受け止める動機づけになるのだ(図3)。 このストーリーを休憩所に貼りだすだけではなく,ラミネート加工し,現場の同じシチュエーションの場所に掲示するようにした。ふと手を休めたときに目に入ってくるヒヤリハットストーリーが今まさにやろうとしている現場の状況とリンクし,作業員の心に響くからだ。
 再現動画は,1~2分のショートムービーに編集し,前述した『安全管理1000本ノック』として展開した。文字を読みたがらない若い世代や外国人作業員にも伝えたいからだ。ただし,ヒヤリハット事例だけで終わらせずに,どうすればよかったのかという模範例も解説するようにした。
そうすることで,「とっさに避けた」などの模倣不可能な経験則からくる暗黙知を誰でもできる形式知として伝えるようにした。
 また,災害事例の掲示と同様,いくら簡潔に記載したとしても,そのヒヤリハットの文字を読まない人も多い。動画を見るにしても端末が必要となる。そこで,マンガを用いて伝えるようにした。
簡単な4コマ漫画だが,子どものころからの習慣なのか,マンガはだれもが読みたくなるものである。そして,文章よりも簡潔で記憶に残る。マンガゆえにやや大げさな表情の人物像を見て,クスリと笑うとともに次の事例にも目が移る。ここでは,なるべくイラストを用いて伝えるように心がけている。読み手の興味を削ぐことなく,少しでも多くの事例マンガを見てもらうためだ。
 せっかく集めたヒヤリハット事例を,さまざまな形で見てもらう工夫を行ったところ,現場の職人さんたちから,「新作はまだか?」と心待ちにしてくれる声も聞こえてきた。膨大なヒヤリハットデータをマンガにしてストーリーとして伝えることで災害を防げるのなら,こうした手間を惜しむわけにはいかない(図4)。
 ヒヤリハット報告書の目的は,集めることでも,集計することでもない。活用し,同様のヒヤリハットや労働災害を起こさないことだ。こうしたヒヤリハット事例が,現場や作業員間で共通認識されることで,本来個人が有している危険の感受性のレベルが高まり,自ら考えるという能動的な姿勢が生まれると考えている。
 


6 おわりに
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 冒頭に現場は生き物だと述べた。どれだけ事例を集めても,どれだけ対策を施しても,完璧はあり得ない。それゆえ,建設の歴史は,リスクとの闘いだといっても過言ではない。私たちは,これまでにも取り返しのつかない痛い思いをし続けてきた。そうした経験を生かしてこそ,日本人が培ってきた安全文化をより良いものに引き上げられると考えている。
 もちろん,IT技術や最新のマネジメントの考え方を取り入れることも重要だ。だが,安全の設備も,ルールも結局は人によってつくられていることを忘れてはならない。現場で作業する一人ひとりが主体性と責任感をもって,仲間とともに新しい安全文化を創り上げていかなければならないのだ。
 その思いが,伝わったとき,「安全第一」が単なるスローガンではなく,「真の安全第一」になると私は信じている。
1)向殿政男「日本と欧米の安全。リスクの基本的考え方について」標準化と品質管理 Vol.61 No.12 p.4―p.8(2008)日本規格協会
 


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