工学的な考え方を用いたシステムやAIの活用など新しいやり方を取り入れることは重要だ。しかし,そこに日本人らしい安全文化を取り入れていくことも忘れてはならない。
そこで当社では,「他人事」を「自分事」として受け止め,本来個人が持っている能力と個人の責任感を高めていく取り組みを行ってきた。
以下にその代表的な取り組み事例を報告する。
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(1) 不安全状態に気づく
ハインリッヒの法則では,300件のヒヤリハットをなくせば,重大事故も無くなるといわれているが,実際の現場にはヒヤリハットにもならない不安全状態や不安全行動が無数に存在している(図1)。
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ヒヤリハット報告書にすら出てこないこうした「危険源」に気づき,解消していかなければ,ヒヤリハットも重大災害もなくならない。
不安全状態は,現場の巡視や安全パトロール時に発見し,指導・是正される。こうした指導事項や是正報告は,安全指導員と現場の担当職員とで交わされる。そして,これらの不安全状態,不安全行動は,安全配慮義務がある事業者まで伝えられないまま現場で是正されていた。
そこで,各現場で実施した安全パトロール実施報告書から重大な指導事項や繰り返し指導されているものをピックアップして毎週発信するようにした。
450名の現場担当職員には直接LINEWORKSを利用して配信するとともに,協力会社にもメーリングリストで配信するようにした。これにより,実際の現場がどんな状況で,どこが不安全状態であるかをタイムリーに共有できるようになった。
パトロールのたびに露見される不安全状態を完全になくすことはできないが,一人ひとりの危険感受性と自主管理能力を高めるための仕組みである。
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(2) 不安全行動に気づく
事故や災害の95%は,不安全状態と不安全行動によって起こる。不安全状態は,一目瞭然だが,不安全行動は,写真や言葉だけで伝えることが難しい。そこで,『安全管理1000本ノック』と称して,1分~2分のショートムービーを制作して配信した。経験の浅いSNS世代の若い職人さんをターゲットにしたもので,朝礼前や休憩時でもスマホで簡単に閲覧できるようにした。大型のモニターを用いたデジタルサイネージを活用している現場では,朝礼時にこのショートムービーを流すようにした。
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(3) 災害事例の水平展開
4章で述べたように,事故や災害が発生すると直ちに対策会議を開いて再発防止資料を作成し,水平展開している。この資料を各現場の休憩室に掲示し,誰もが目にできるようにしてきた。しかし,それで周知が十分だとは到底思えない。壁に貼られた資料をみても「他人事」と思っている人は,同じ失敗を繰り返す。その証拠に「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り,数ヶ月たてばせっかく樹立した再発防止策が,ないがしろにされていた。
そこで,災害事例の周知資料を利用して以下の手順でケーススタディをするような仕組みを作った。
①各現場で実施日を設定してもらう
②朝礼で所長が災害の概要と原因までを伝える
③周知資料の内,すでに当該現場で樹立した対策方法を消し込んだシートを配布し,KYKの前に各班で対策を考え,書き込んでもらう(図2)
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④当日にその災害事例と関連した作業が予定されている場合,その内容をKYKにも反映させる
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一方的に対策を伝えても,聞き流していては今日の作業に落とし込めないが,こうすることで,災害の原因と対策を自らの頭で考えるようになる。
対策を自分たちで議論するショートディスカッションをすることで『生きた疑似体験』になり「自分事」として認識できるようになった。
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(4) ヒヤリハット事例の活用
現場でのヒヤリハット事例を集める一方で
「ヒヤリハットをなくそう!」
と提唱していては,ヒヤリハット活動自体に矛盾が生じる。そこで,建災防の『新ヒヤリハット報告』を参考に,ヒヤリハット体験は,災害を未然に防いだ『成功体験』として位置づけ,発生原因ではなく成功要因として募集した。
その成功要因を見たところ,人的要因では「とっさに避けた」「特に思い当たらない」など,疑似体験として身につけることが難しいものも多い。物的要因では「安全靴」「ヘルメット」「手袋」などの保護具使用による成功要因が多数見られた。
一方で,管理的な成功要因として「特にない」というものが約半数を占め,「朝礼での指示を思い出した」というものが,極端に少なかった(表2)。
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表2 ヒヤリハットデータ
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| 項目 |
内容 |
比率 |
| 人的要因 |
とっさに避けられた |
19% |
| 特にない |
14% |
| キケンと感じた |
13% |
| 物的要因 |
安全靴をはいていた |
32% |
| ヘルメットを被っていた |
23% |
| 手袋をしていた |
9 % |
| 管理的要因 |
特にない |
46% |
| KYKで予測した |
21% |
| 仲間に声をかけられた |
19% |
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また,効果的と思われる安全対策を問うたところ,さまざまな方法が挙げられ,特に効果的といえるものがなかった。当たり前だが,安全管理にこれさえやればいいという万能の手法はない。誰もが,模索しながら日常の安全管理に問題意識や改善意欲を示してるといえよう(表3)。
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表3 効果的と思われる安全対策
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| 効果的と思われる安全対策 |
比率 |
| 過去のヒヤリハット体験 |
9% |
| 現地での打合せ |
8% |
| 周囲の状況把握 |
8% |
| コミュニケーション |
8% |
| 5S(整理整頓清潔清掃習慣) |
6% |
| 仲間への気配り |
6% |
| KYK |
6% |
| 一人KYK |
5% |
| 同僚や先輩の話 |
5% |
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これらの結果を見ると,個人の能力や保護具の着用などの規律を守ることで事故や災害を防ぐという日本人の国民性が伺える。その反面,われわれ現場管理者が最重要事項と認識している『現場の朝礼』が,いかに他人事でしか聞かれていないかということも露呈された。
そこで伝える工夫をした。それは,集めたヒヤリハット事例の中から代表的なものを選んで,ストーリーとして伝えることだ。集計表や統計結果は,他人事として聞き流される。そうではなく,実際に経験した匿名の人物像が頭に浮かぶ「ストーリー」として伝えることで,共感が生まれる。
人が自分事として捉え,行動変容に至るためには,感動や共感が不可欠なのだ。
そのため,このヒヤリハットストーリーは,
①文章と写真で伝える
②動画とナレーションで伝える
③マンガで伝える
―の3つの方法で伝えるようにした。
これは,さまざまな世代や経験の差があっても共感でき,記憶に残るようにするための工夫である。
文章と写真で伝える資料では,実際にヒヤリハットを経験した本人にヒアリングを行い,その人がその瞬間に感じた気持ちをリアルに伝えるようにした。感情のこもらない統計資料ではなく,「あぁ,落ちる,死ぬかもしれない」といったその人の言葉をそのまま伝えるようにした。モノクロの写真と生の言葉は,朝礼でマイクを使って発表するよりも見る人の心に届く。自分もそれによく似たヒヤリハットを経験したと思う人も多く,そこに共感が生まれる。この共感こそが自分事として受け止める動機づけになるのだ(図3)。 このストーリーを休憩所に貼りだすだけではなく,ラミネート加工し,現場の同じシチュエーションの場所に掲示するようにした。ふと手を休めたときに目に入ってくるヒヤリハットストーリーが今まさにやろうとしている現場の状況とリンクし,作業員の心に響くからだ。
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再現動画は,1~2分のショートムービーに編集し,前述した『安全管理1000本ノック』として展開した。文字を読みたがらない若い世代や外国人作業員にも伝えたいからだ。ただし,ヒヤリハット事例だけで終わらせずに,どうすればよかったのかという模範例も解説するようにした。
そうすることで,「とっさに避けた」などの模倣不可能な経験則からくる暗黙知を誰でもできる形式知として伝えるようにした。
また,災害事例の掲示と同様,いくら簡潔に記載したとしても,そのヒヤリハットの文字を読まない人も多い。動画を見るにしても端末が必要となる。そこで,マンガを用いて伝えるようにした。
簡単な4コマ漫画だが,子どものころからの習慣なのか,マンガはだれもが読みたくなるものである。そして,文章よりも簡潔で記憶に残る。マンガゆえにやや大げさな表情の人物像を見て,クスリと笑うとともに次の事例にも目が移る。ここでは,なるべくイラストを用いて伝えるように心がけている。読み手の興味を削ぐことなく,少しでも多くの事例マンガを見てもらうためだ。
せっかく集めたヒヤリハット事例を,さまざまな形で見てもらう工夫を行ったところ,現場の職人さんたちから,「新作はまだか?」と心待ちにしてくれる声も聞こえてきた。膨大なヒヤリハットデータをマンガにしてストーリーとして伝えることで災害を防げるのなら,こうした手間を惜しむわけにはいかない(図4)。
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ヒヤリハット報告書の目的は,集めることでも,集計することでもない。活用し,同様のヒヤリハットや労働災害を起こさないことだ。こうしたヒヤリハット事例が,現場や作業員間で共通認識されることで,本来個人が有している危険の感受性のレベルが高まり,自ら考えるという能動的な姿勢が生まれると考えている。
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