熱中症の健康影響と危険性
産業医科大学
産業生態科学研究所 産業保健管理学
永野千景
1 はじめに
近年の猛暑を背景に職場における熱中症の発生が急増していることから2025年6月に改正労働安全衛生規則が施行され、熱中症の重症化防止対策の実施が事業者に義務付けられた。来たる夏に向け、熱中症の予防対策は喫緊の課題であるが、望ましい対策については次号に譲り、今回は熱中症発生のメカニズムとリスク要因について述べる。
2 地球温暖化と熱中症
地球温暖化が深刻化しており、2025年1~8月の世界平均気温は産業革命以前の水準より1.42℃±0.12℃高くなったと報告されている
(1)
。2012~2021年の世界における熱中症による死亡者数は年間平均54万6千人に達し、1990~1999年と比べて63.2%増加した
(2)
。日本においても、2025年は、まず7月30日に兵庫県丹波市で気温41.2℃が観測され、これまでの最高気温記録である2018年埼玉県熊谷市及び2020年静岡県浜松市の41.1℃を上回った。8月5日には13時に群馬県桐生市で同じく41.2℃、同日14時に、それを超える気温41.8℃が群馬県伊勢崎市で記録され、観測史上最高気温が短期間のうちに更新された猛暑であった
(3)
。日本全国の2023年5~9月の熱中症による救急搬送者数は約9万1千人、2018~2022年の死亡者数の5 年移動平均は1,313人と、いずれも高い水準で推移している
(4)
。2025年5~9月の熱中症による救急搬送者数も累計100,510人と、調査を開始した平成20年以降、最多となった
(5)
。
3 職場における熱中症の発生状況
労働現場は身体作業による体内での熱産生(代謝熱)の増加、個人用防護服や保護具による熱放散の低下、休憩や水分補給の制限等により、一般生活環境よりも熱中症発症リスクが高い。国際労働機関(ILO)は、毎年2,285万人の労働災害、18,970人の死亡が職場での過度の暑さへの曝露に関連すると推計している。また、屋外で直射日光を受け、作業強度の高い身体作業が多いことから、建設業および農業を特に暑熱リスクの高い業種としている
(6)
。米国では、熱中症による死亡者数は建設業で最も多く、2023年の熱中症による死亡は18人であり、全死亡者数の34.0%を占め、その10万人あたりの死亡率も他のすべての産業で0.04人に対し、0.15人と、ほぼ4倍だった
(7)
。
日本の職場における2024年度の熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の数(以下、死傷者数)は1,257人と、死傷者数の統計を取り始めた2005年以降、最多となった。死亡者数は1989年以降、当時、観測史上1位の猛暑であった2010年の47人に次いで多い31人であった(
図1
)
(8)
。業種別では、同じく、建設業が最も多く、次いで、製造業、運送業であり、いずれもクレーンを使用する業種での発生が多い。建設業や運送業では、クレーン作業の多くが屋外もしくは半屋外で行われ、直射日光やコンクリートやアスファルトからの輻射熱により、作業者が高温環境に長時間さらされる。キャビン付きのクレーンであり、冷房装置が搭載されていることもあるが、ガラス面から直射日光を受け、通気性に乏しいと、内部に熱がこもりやすく、車内熱中症に近い状況が起こり得る。また、工場や倉庫でのクレーン作業は運転操作だけでなく、玉掛け、合図、荷の誘導などの付帯作業により身体的負荷を伴う可能性がある。荷の吊り上げ中には作業離脱できないので、水分補給や休憩のタイミングを逸したり、尿意による離脱を回避するため、水分補給を控えたりする作業者もいる。さらには、ヘルメットや手袋などの個人用保護具の着用が求められ、これらが放熱を妨げることがある。
4 人体の体温調節
元来、人間は外部環境が大きく変化しても、細胞を取り巻く環境が変化しなければ体内の機能を一定に維持することができる。高温環境にさらされても自律神経やホルモンの作用で体温、体液量(水分)、血管内の電解質濃度(塩分)のそれぞれが一定に保たれる
(9)
。
体温は体の部位によっても異なり、温度分布や体温調節の観点から大きく深部体温(核心温)と外殻温とに分けられる。深部体温は脳・脊髄や心臓、肝臓等の深部臓器の温度、外殻温は皮膚、皮下組織(脂肪、筋肉)の温度を反映するとされている
(10)
。深部体温として国際規格ISO9886により規定されているのは鼓膜温、外耳道温、舌下温、食道温、直腸温、尿温である。通常、深部体温は一般的に測定される腋窩温(わきの下の皮膚の温度)より高く、ほぼ37℃に維持されている。この温度であれば細胞は正常に機能しているが、深部体温が上昇すると、細胞の活性が低下することによって、内臓の機能も徐々に低下する。42℃に達すると、細胞を形成するタンパク質が不可逆的に変性し、細胞が壊死して内臓障害をきたし、死に至ることもある。
よって、人体には生命維持のために体温調節機能が備わっている。体温調節中枢は脳の中心付近(間脳)にある視床下部に存在する。皮膚、腹部内臓、腹腔壁、大血管壁等に存在する温度を感知する感覚神経(温度受容器)が存在し、外部環境及び体内の温度を感知し、その信号を視床下部に送っている。視床下部はその信号を基に体熱の産生と放散のバランスを維持することで体温を調節している(
図3
)。体熱の産生は人間が生きていくために最低限必要なエネルギーの産生(基礎代謝)に加え、食事や運動によって増加する。筋肉が外部に対して行った仕事は力学的エネルギーとして消費される。体内で産生された熱エネルギーは人体自体が発熱体として赤外線を発する輻射(放射)、体表面に接する固体への伝導、体表面近くに存在する空気や水が入れ替わることにより熱が運ばれていく対流、呼気に含まれる水分が蒸発する際に熱が奪われることによって放散される。
外部環境温が皮膚温より高くなると、温度勾配により、熱を体側で受け取ってしまうため、体熱の産生と放散のバランスが崩れてくる。温度受容器がそのバランスの破綻による体温上昇を感知すると、脊髄の背中側(脊髄後角、感覚神経の脊髄への入口)から体温調節中枢に2つのルートで信号が伝えられる。①脊髄から脳幹(橋きょう)を経由するルートと②脊髄から間脳にある視床を経由して大脳皮質の頭頂葉にある感覚野と呼ばれる部位を経由するルートである。
①のルートで体温調節中枢が体温上昇を感知すると、脳と脊髄の境界に位置する延髄網様体に指令を出す。指令により脊髄側角(自律神経への中継点)を経て、自律神経が刺激され、心拍数を増加させることで、皮膚血管が拡張する。このように内臓より体表面の血液量が多くなるように血流分布を変化させることで、体内深部の熱を体表面に運搬し、体熱の放散が促される。また、自律神経は汗腺を刺激し、発汗を促す。汗は蒸発する際に皮膚から熱を奪っていく。体表面が約30℃である場合、汗1mLあたり0.58kcaLの熱が奪われる。体重70kgの人が100mL汗をかいて、すべて蒸発した場合、人体の比熱を0.83とすると、体温は約1℃低下する。このように、汗による体熱の放散は強力であり、発汗が始まると、体熱の放散の95%を占めるようになる。ただし、湿度が高く、風がない等の環境下だと、汗は蒸発せずに流れ落ちてしまい、体熱がうまく放散されなくなる(無効発汗)。
②のルートでは、温度受容器で高温を感知し、脊髄、間脳にある視床を経て大脳皮質の頭頂葉感覚野に信号が伝わると、暑さが知覚される。それを基に同じく大脳皮質の前頭前野で判断をし、前頭葉運動野に指示をすることで避暑行動を生じる。すなわち、涼しい場所に移動する、冷房装置をつける、衣服を脱ぐといった行動によって体温が調節される
(9)
。
図4
に体温調節のメカニズムについて示す。
5 熱中症の発症メカニズム
「熱中症」とは、高温多湿な環境下において体内の水分や塩分(ナトリウム等)バランスが崩れる、体温の調整機能が破綻する等して、発症する障害の総称と定義されている
(11)
。
避暑行動なしで、高温多湿の環境下で長時間、身体負荷の高い作業を継続して行っていると、自律神経系の機能のみで体温調節を行うことになり、自律神経の反応により、皮膚血管拡張や発汗による脱水による様々な症状をきたし、次に、発汗による体液バランスの破綻、続いて体温調節機能の破綻により体温が上昇し、最終的に高体温と脱水があいまって、全身の臓器障害が生じ、死に至る。 米国国立労働安全衛生研究所(National Institutefor Occupational Safety and Health、NIOSH)が示す発症メカニズムによる熱中症の分類に沿って、各病態の発症メカニズムを示す(⑴~⑷)。
⑴熱失神(熱虚脱)
体熱の放散のために皮膚血管が拡張すると顔が赤くなる。また、血流分布が体表面に偏ることや発汗による脱水によって血液量が減少し、血圧が下がる。この状態で立ち上がると、脳の血流が減少し、めまいや一過性の意識消失をきたす熱失神(熱虚脱)をきたす。身体を水平に寝かせる、または、下肢をやや高くして血圧が保たれるようにすると脳血流が回復し、意識も回復するが、作業場の状況によっては、転倒・転落や接触による負傷につながる。
⑵熱疲労
大量の発汗が長時間、継続すると、脱水が生じる。脱水が生じると体重は減少し、心拍数は増加する。全身の血液量はもちろん、細胞環境における体液も減少するので、臓器の機能が低下し、慢性的な疲労感を生じる。この状態を熱疲労というが、主体は脱水による病態で、体温調節機能は保たれており、深部体温が40℃を超えることはない。体重が2%を超えて減少するような脱水があると、頭痛、吐き気、めまいといった症状をきたす。消化管の消化液の減少により食欲不振や胃腸障害が生じることもある。いわゆる「夏バテ」は軽症の熱疲労であることが多い。脱水のまま、無理して重筋作業や運動を行っていると、筋細胞が壊れて筋力が低下する。壊死した筋細胞成分により腎臓に障害をきたすと、尿を生成できなくなる横紋筋融解症や腎不全に至る。脱水を補正するために水分・塩分の補給が必要であるが、自力での飲水が困難な場合や重症の場合は医療機関での点滴治療や入院による専門治療が必要である。
⑶熱けいれん
汗は汗腺で血液を材料としてつくられ、ナトリウムや塩素、カリウムといった電解質(ミネラル)成分を含む。これらの成分は身体にとっては必要なものなので、汗腺から皮膚表面にあり汗を排出する汗孔までをつなぐ汗管を通過する際に血液中に再吸収される。よって、ナトリウム濃度は汗の方が血液より低い。つまり水分が相対的に多く体外に排出されるので、結果として、発汗が多いと血液中のナトリウムは高くなり、高ナトリウム血症をきたし、のどの渇きを感じるようになる。その際に、塩分は補給せず、水分だけを摂取していると、15~30分後に消化管から水分が血液中に吸収された際には血液中のナトリウム濃度が低下する(低ナトリウム血症)。低ナトリウム血症は筋肉の収縮を誘発するので、手足がつったり、こむらがえりを起こしたりする(熱けいれん)。熱けいれんにより大量の筋肉細胞が壊れると、腎臓を障害して急性腎不全を生じる。手指の微細な動きができなくなるので、機械操作や工具の取り扱いに支障をきたし、操作ミスや事故の危険もある。また、血液中のナトリウム濃度を調整するために、余分と判断された水分が尿として排出される。血液中のナトリウム濃度が補正されるので、口渇感は消失するが、脱水が残ってしまう自発的脱水を生じる。したがって、発汗している場合に水分補給をする際は塩分を含むものが推奨される。
⑷熱射病
体温調節機能をもってしても体温を一定に維持できない場合、深部体温が上昇する。39℃を超えると、全身の臓器が障害される熱射病を生じる。脳に障害が起こると、暑さの感覚が麻痺し、錯乱といった異常行動やふらつき・足のもつれといった歩行困難、意識障害を生じる。脳の視床下部が障害されると、体温調節機能が破綻して、急激に体温が上昇する。
細胞の温度が41℃を超えると、壊死を起こすので、脳をはじめ、肝臓、腎臓、脾臓、消化管、筋肉等、各臓器の障害が進行する。血管そのものが高温により障害されたり、臓器で壊死した細胞成分により刺激を受けたりすると、全身で炎症反応が惹起される全身性炎症反応症候群(SystemicInflammatory Response Syndrome、SIRS)をきたす。SIRSと脱水による消化管の血流低下が相まって、腸管粘膜の透過性が亢進すると、腸管に常在している細菌が血流中へ移行しやすくなる。これにより、炎症反応がさらに増悪し、SIRSが進行する。
壊死細胞由来の成分は血管内で血液の凝固反応を活性化し、全身の微小血管内で多数の血栓が形成され、臓器障害をさらに促進する。一方、血栓形成に伴い、血液の凝固反応に必要な凝固因子や血小板が大量に消費されるため、出血しやすくなる。このように、血栓形成と出血傾向が同時に進行する播種性血管内凝固症候群(DisseminatedIntravascular Coagulation、DIC)を生じる。SIRSやDICは脱水があると、より促進され、最終的に全身の臓器が同時または連続して機能不全に至る多臓器不全(Multiple Organ Failure)に至る。MOFでは意識障害、全身のけいれんといった症状を認め、生命維持困難となる。救命できたとしても全身の臓器障害が起こっているため、後遺症が残ることがある
(13)
。
6 職場における熱中症の症状
1999~2024年度の日本の職場における熱中症による死亡事例529人に見られた症状を
図5
に示す。
最も多いのが、倒れているところを職場の同僚等に発見されるケースであった(20.5%)。意識障害(17.3%)や倒れた(14.8%)も同様な症状で、目撃者の有無による違いと推測する。体調不良(20.3%)や気分が悪い(4.7%)という、はっきりした症状はない事例も多く、熱中症に特異的な早期発見に役立つ症状はないということがいえよう。
注意しなければならないのが、体調不良を訴え、作業離脱したが、単独で休憩を取っているうちに意識障害をきたし、倒れているところを発見されるというパターンである。暑熱環境下で運動時の体温を測定した際の体温の推移を
図6
に示す。食道温と直腸温、皮膚温を測定しているが、食道は心臓の真裏にあるので、食道温は動脈血の温度を反映するとされている。直腸は体幹深部に位置し、血流が豊富で温度変動が少ないので、内臓の温度を反映する。暑熱環境下で運動を開始すると、食道温と直腸温は速やかに上昇するが、皮膚温は発汗により体表面の熱が奪われるので、運動開始時にいったん低下する。食道温は運動を終了すると、運動による熱産生がなくなるため、速やかに低下するが、直腸温は運動終了後もしばらく上昇し続ける。これは身体深部に熱がこもる「うつ熱」が生じており、熱中症の症状が進行する可能性が十分にあることを意味している。
職場では作業者が勤務時間は症状があっても管理者に申し出なかったり、作業を離脱したとしても同僚に遠慮して単独で休憩してしまったりすることがある。クレーン作業においては、単独で作業する場面も多いであろう。よって、暑熱環境下で体調不良をきたした者に対し、速やかに作業を離脱させたとしても、一人きりにせず、症状が進行した場合でも対応できるよう、観察者の見守りの下、休憩させることが望ましい。
7 熱中症発症のリスク要因
⑴熱中症の発症リスクとなる職場要因
熱中症の発症は、環境要因、身体負荷、衣服、個人要因が複合的に関与して生じると考える。職場では中でも、作業環境、作業方法・内容、作業時間、作業服・保護具を個人で選択できないことが多い。加えて、職場での雇用関係や会社同士の関係、人間関係等により、労働者が体調不良時や休憩や水分・塩分補給の申し出をしにくいことも考慮すべきである。
職場における熱中症の発症リスク要因とクレーン作業を想定した場合のリスクが生じやすい例を
表1
に示す。
表1 職場における熱中症の発症リスク要因
リスク要因
クレーン作業を中心とした例
1
職場の環境
気温が高い
熱源がある
相対湿度が高い
屋外・半屋外作業で直射日光を受ける
風がない(風速が弱い)
換気が悪い
輻射熱(放射熱)を受ける
アスファルト等の照り返しがある
WBGT(暑さ指数)が高い
2
身体負荷の高い作業
筋力を使う(重量物運搬等)
運搬・荷下ろし作業を伴う
長距離を移動する
早い動作を繰り返す
不自然な姿勢を繰り返す
3
長時間の連続作業
連続作業が長い
作業開始後一段落するまで、中止できない
自己判断で休憩がとりにくい
チームで連携しながら作業していることがある
有資格者は作業離脱が困難なことがある
作業終了時間(納期)が決まっている
4
飲料を摂取しにくい作業
飲料を入手、保管する場所や機会がない
必要な量の飲料を持ち込めない、持ち歩けない
飲料を摂取できる場所や機会がない
化学物質の取り扱い作業場など、安全衛生上の理由で飲食が禁止されている
給水設備に不足がある
5
不十分な休憩場所
安静を確保できない
休憩場所に背もたれのある椅子や横になるスペースがない
飲料を保管、飲用しにくい
飲料や冷却備品を保管する冷蔵庫がない
身体の冷却、体温の回復をしにくい
冷房設備や換気に不足がある
6
通気性、透湿性の低い衣服
皮膚の露出面積が少ない(覆われている)
安全面の制約上、長袖・長ズボンで生地が厚い
通気性が悪い
首元が締まっている
透湿性が悪い
作業着が密着しており、皮膚との間の空間がない
吸湿性があり、乾きにくい
7
装備(身体冷却用のものを除く)
安全衛生保護具や防護服の着用が必要
ヘルメットや手袋の着用が必須である
(堀江正知(2022).熱中症を防ごう第4版.を基に作成)
⑵熱中症の発症リスクとなる個人要因
同じ環境でも個人によって熱中症の発症リスクは異なる。高リスクとなる個人要因として、まず、暑さへの慣れ、つまり暑熱順化していないことがあげられる。暑さに1日2時間以上、連続5日間以上曝露されていると、発汗開始までの時間が短くなり、暑さに反応してすぐ汗が出るようになる。さらに4~6週間経過すると、汗中ナトリウムの体組織への再吸収を促進するホルモンが良く働くようになり、汗中のナトリウム濃度が低下し、最低限のナトリウム喪失で発汗の体温調節機能が発揮されるようになる。
図7
に2004~2016年の作業開始日から熱中症発症日までの作業日数別の熱中症による死亡者数を示す。作業開始初日から3日目に発症者数が多く、高温環境下での作業に慣れていない新入職者は暑熱順化していないので、熱中症発症リスクが高いことを表している。
年代別の2003~2024年における熱中症による死亡者数は40歳以上が7割以上を占める(
図8
)。40歳以上の中高年齢労働者は以下の①~⑧の加齢による変化が生じるため、若年者と比較して、熱中症を発症するリスクが高い。
体脂肪率が高く、体内の水分量が少ないので脱水を生じやすい。
感覚神経の機能が低下し、暑さやのどの渇きを感じにくいので、避暑行動や水分補給が遅れる。
運動神経の機能が低下し、迅速な動作を取りにくいので、避暑行動や水分補給が遅れる。
腎臓で尿を濃縮したり、ナトリウムを再吸収したりする機能が低下するので、脱水やナトリウムの異常を生じやすい。
ナトリウムを再吸収するホルモンの分泌が少なくなり、汗や尿へのナトリウムの喪失量が多くなる。
自律神経の機能が低下して皮膚の血流を増やし発汗させる反応が鈍いので、体熱を放散しにくい。
動脈硬化が進んでおり、皮膚の血流が少ないので、体熱を放散しにくい。
若年者に比べ、自律神経やホルモン反応が鈍く、暑熱順化が生じにくい。
なお、これらの加齢による変化は個人差が大きい。よって、日常から高年齢労働者の健康状態を可能な限り把握し、暑熱環境下での作業時は、単独作業は避け、バディ制にする、管理者が巡視する際にこまめに声をかけるなどの配慮をすることが望ましい。
基礎疾患(持病)として心臓、肺、腎臓の慢性疾患がある者は高温曝露によって悪化する可能性がある。糖尿病があると、動脈硬化が進みやすく、身体の末梢血管の循環状態が悪い傾向にあるので、皮膚血管拡張や発汗による体温調節機能が発揮しにくい。加えて、血糖が高いと、糖は分子量が大きく、浸透圧が高いので、尿中に排出される際に、水分を引き込むことで、尿量が増え、脱水傾向を呈する。パーキンソン病治療薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入剤、抗不整脈薬等の自律神経系に影響する薬剤を服用していると、体温調節機能がうまく発揮されなくなる。高血圧、腎不全、心不全のために塩分摂取を制限していたり、尿の排泄が促進される利尿薬を服用したりすると、水分・塩分不足になりやすい。感冒(風邪)などによる発熱や嘔吐、下痢の症状があると、脱水をきたす。広範囲の皮膚疾患があると、発汗が障害され、体温調節を阻害することがある。肥満があると、皮下脂肪が断熱材となって体内で産生された熱を放熱しにくいので、熱中症のリスクが高くなる。
また、前日の飲酒による二日酔いがあると、アルコールによる脱水や肝臓・腎臓への負荷が高くなり熱中症のリスクが高くなる。睡眠不足だと、脳機能の低下により体温調節機能に影響がある。熱帯夜では睡眠の質が落ちるので注意が必要である。朝食を摂っていないと、食事中にも水分が含まれているので、脱水状態で作業を開始することになり、リスクが高い。これらの熱中症発症リスクを低減するためには、日常からの健康管理及び基礎疾患に関しては、主治医あるいは産業医に相談のうえ、暑熱作業に際しての配慮を実施する必要がある。
8 熱中症発症のリスクアセスメント
事故防止や化学物質管理と同様の方式で熱中症のリスクアセスメントを実施することもできる。労働衛生のリスクアセスメントでは通常、個人的要因をリスクとして取り扱わないが、高温の作業場では暑熱順化や個人の体調を考慮した対策が望ましいので、労働衛生のリスクアセスメントと労働者個人の健康状態を考慮した健康のリスクアセスメントを組み合わせて行う手法が推奨されている
(15),(16)
。
まず対象職場において、熱中症発症のリスクとなる①暑熱な環境、②高負荷の作業、③高負荷の衣服といったハザードを特定する。
次に、特定したハザードに対し、リスクの見積もりを行う。暑さ指数(WBGT)を測定しており、作業強度や連続作業時間を考慮したISO 規格や米国産業衛生政府会議ACGIH(AmericanConference of Governmental Industrial Hygienists)、日本産業衛生学会が提唱している「総合リスクレベル」の基準に当てはめれば、容易にリスクの見積もりができる。
これらの基準による評価が困難な場合は、①温熱環境レベル、②作業レベル、③衣服レベルに分けて、簡易に評価し、リスクレベルを推定することができる。
実際の労働現場では、リスク評価をしたものの、なかなか作業環境、作業、服装のリスクを低減する対策を講じることが難しいこともある。その際もあきらめずに残存リスクに取り組むために、健康管理リスクアセスメントを続いて行うとよい。
まず、健康診断結果に基づき、指導されている治療の開始や継続、日常生活の改善をまず実施する。次に、指導に基づいた改善が実施されたことを産業医等、当該労働者が従事している作業をよく知る医師が暑熱作業への就業適性の判断を行う。何らかの配慮や就業制限が必要とされた場合は、管理監督者や人事労務担当者がその意見を基に対応を検討する。就業配慮が不要で通常通り作業が可能と判断された場合でも、作業中の体温、体重、脈拍(心拍数)等を計測して、モニタリングし、危険と判断された場合は適宜、就業配慮を行う。熱中症発症のリスクアセスメントの詳細は参考文献を参照されたい。
9 終わりに
猛暑が常態化しており、建設業や製造業におけるクレーン作業では、高温環境下での身体負荷の高い作業が多いにもかかわらず、作業離脱や水分補給が困難となる場合もあり、熱中症の発症リスクが高い。熱中症の発症機序とリスク要因を理解し、重症化防止に向けた対策を講じることが喫緊の課題である。
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