騒音性難聴の発生のメカニズムと現場での課題と対策

筑波大学医学医療系
耳鼻咽喉科 診療教授
和田哲郎

1 はじめに

 騒音性難聴は、現在でも尚、頻繁に認められる職業性疾病の一つである。一定のレベル以上の大きな音に長時間かつ長期間、繰り返しばく露された結果として、一般に5~15年、あるいはそれ以上の時間をかけて徐々に難聴が進行する。現代の医療をもってしても発症後の有効な治療法はなく、対策としては予防が鍵となる。有害因子である騒音が作業現場に存在するならば、作業者がそれを認識するのは容易であり、騒音計などの測定器があれば誰でも(測定するための資格は不要)比較的容易に騒音レベルを測定することができる。

 難聴になるリスクが高まる騒音レベルは、1日8時間、週5日(40時間/週)の働き方の場合に、85dB(A)とするおおよそのコンセンサスが世界的に得られており、日本も「騒音障害防止のためのガイドライン」(旧ガイドライン)(基発第546号 平成4年10月1日)以降この基準を採用している。85dB(A)の基準を超えるいわゆる騒音職場では、その業種や作業内容によらず、ガイドラインの考え方に基づき、難聴の発生予防ならびに進行予防に取り組むことが求められている。騒音性難聴は予防が可能な疾患である。

2 騒音性難聴の発生のメカニズム

 聴覚は感度の良い感覚器である。そもそも音は空気の微細な振動(圧力変化)であり、その音振動現象は極めて微小な物理的変化である。しかし、その微細な現象を聴覚ははっきりと捉え、聴くことができる。そのような感度の良い感覚がえられる最大のポイントは耳の奥(内耳)にある毛の生えた感覚細胞(外有毛細胞)の働きによる。外有毛細胞は、音振動で毛が揺らされると細胞自体が伸び縮みをして音振動に共振し、わずかな音振動を増幅し、脳に情報を伝える蝸牛神経の興奮を促す。外有毛細胞の働きは、微細な音刺激を明瞭に感じ取るための中心的なメカニズムである。

 また、聴覚はダイナミックレンジの広い感覚器である。ぎりぎり聴くことのできる最小の音から、瞬間的に耳が傷害される音響外傷のレベルの強大音まで、聴覚は外界の刺激を音としてとらえることができ、最小と最大の音圧の比は100万倍にも達する。外有毛細胞は、小さな音は大きく増幅し、大きな音はほとんど増幅しない。聴覚のダイナミックレンジの広さも外有毛細胞の働きが支えている。

 このように聴覚の優れた働きの中心となる外有毛細胞は、長期間の騒音ばく露の負担によって、徐々に障害を受けていく。騒音性難聴の主たる変化は外有毛細胞と考えられている。騒音性難聴では、個々の作業場で発生するばく露騒音の周波数特性によらず、聴力は3~6kHzの高周波数領域が障害を受けやすい(図1)という特徴をもっている。その理由は、高周波数領域の信号を感知する内耳の部分が最も血流不足に陥りやすくダメージを受けやすい領域であるからと説明されている。図1のような難聴(騒音性難聴の初期変化)の時、母音の音など会話の中心的な音は聴こえるために、本人は難聴の自覚がないことが多い。しかし、聞き間違いや耳鳴りで気付かれる可能性がある。聴こえに何らかの異常を感じたときには、早期に医療機関を受診して診断を受け、その後の対策について相談することが進行予防のために重要である。

図1 典型的な騒音性難聴の聴力図

3 騒音障害防止のためのガイドラインに沿った対策

1)作業環境管理

 改訂ガイドラインでは、事業者の責務として、騒音障害防止対策の管理者を選任し、ガイドラインに定める事項に取り組ませることが定められた。管理者には、衛生管理者やライン管理者などの実務に習熟した者が適任である。現場をよく知った上で、改善に取り組むことが期待されている。自分の事業所が騒音職場かどうかわからないという事業所もあるかと思われる。目安として、職場の中に隣の人と大声でなければ会話ができない環境があればおおよそ85dB(A)相当と考えられ、ガイドラインに沿った管理が必要な職場と考えてよい。

 これまでは製造業が騒音事業所の代表と考えられてきた。典型的な例として屋内作業場の中央付近に大きな騒音源があって、その周囲で作業者が働いている作業場がイメージされていた。そのような作業場は騒音計を用いて、A測定、B測定の方法(図2)で騒音の作業環境測定を行い、管理区分を判定する(表1)。第Ⅰ管理区分であればそれを維持し、第Ⅱ、第Ⅲ管理区分であれば、標識によってその危険性を明示するほか必要な措置を講じ、よりよい管理区分になるように努めることが求められる。

図2 騒音測定の実際
表1 作業環境測定結果の評価3)
B測定
85dB(A)未満 85dB(A)以上
90dB(A)未満
90dB(A)以上
A測定平均値 85dB(A)未満 第Ⅰ管理区分 第Ⅱ管理区分 第Ⅲ管理区分
85dB(A)以上
90dB(A)未満
第Ⅱ管理区分 第Ⅱ管理区分 第Ⅲ管理区分
90dB(A)以上 第Ⅲ管理区分 第Ⅲ管理区分 第Ⅲ管理区分

備考:

  1. 「A測定平均値」は,測定値を算術平均して求めること。
  2. 「A測定平均値」の算定には,80dB(A)未満の測定値は含めないこと。
  3. A測定のみを実施した場合は,表中のB測定の欄は85dB(A)未満の欄を用いて評価を行うこと。

 近年では製造業よりも建設業で騒音性難聴の労災認定数が多くなっている。騒音障害防止に取り組むことが必要な作業場は多様化している。作業の種類(騒音源が作業者とともに移動する場合)や業種(屋外作業場を含む)によって、上記の定点測定では把握の難しい作業環境も知られるようになり、改訂ガイドラインでは、個人ばく露計(図3)や等価騒音レベルの推計も測定方法として認められるようになった。建設業などであれば、A測定、B測定が難しい場合でも、作業現場毎に適切な方法を選択して騒音測定を実施するのがよい。 第Ⅱ管理区分以上の騒音職場(85dB(A)以上)であれば、その低減に努める。より抜本的な対策としての騒音発生源対策や伝ぱ経路対策がとれることが理想ではあるが、費用もかかり現実には容易ではない。騒音対策の方法は表2に示すように限られている。この中で、その作業現場に応用可能なものを検討し、複数の組み合わせで実施していくことが望ましい。勿論、当該場所に騒音の注意喚起をする標識、聴覚保護具の使用区域であることを明示する標識など簡便に実施可能なものはガイドラインの記載に従って早期に対応することが求められている。

図3 個人ばく露計と装着の実際
表2 代表的な騒音低減策3)
分類 方法 具体例
1 騒音発生源対策 発生源の低騒音化 低騒音型機械の採用
発生原因の除去 給油,不釣合調整,部品交換など
遮音 防音カバー,ラギング
消音 消音器,吸音ダクト
防振 防振ゴムの取り付け
制振 制振材の装着
運転方法の改善 自動化,配置の変更など
2 伝ぱ経路対策 対距離減衰 配置の変更など
遮蔽効果 遮蔽物,防音塀
吸音 建屋内部の消音処理
指向性 音源の向きの変更
3 受音者対策 遮音 防音監視室
作業方法の改善 作業スケジュールの調整,
遠隔操作など
耳の保護 耳栓,耳覆い

2)作業管理

 作業環境管理によって十分に騒音を低減できない場合(第Ⅰ管理区分にできない場合)には、続いて作業管理が必要になる。ガイドラインによれば、作業管理の方法は2つしかない。1つは聴覚保護具の使用、もう1つは作業時間の管理である。 聴覚保護具(耳栓等)は安価で有効な対策である。比較的簡便な耳栓であっても、15~35dB程度の遮音効果を期待することができる。2020年に聴覚保護具のJIS規格が改定され、現在市販されている聴覚保護具は遮音値の表示が義務付けられている。作業者は前述の作業環境管理で測定された作業場の騒音レベルに応じて、適切な遮音値の聴覚保護具を選択、使用することが可能となった。注意点は3つある。

  1. 作業の開始前から終了後まで使い続けること。短時間でも保護具を使わずにいると保護具の効果は大きく損なわれる。
  2. 使いやすいものを適切に使用すること。耳栓は挿入の仕方によって効果が大きく変化する。十分に外耳道に入っていない場合や隙間がある場合などでは表示された遮音効果は期待できない。図4に示すように、反対側の手で耳介を引き上げながら耳栓を深く挿入するのがコツである。
  3. 適切な遮音値の保護具を選ぶこと。遮音値が大きいほどよいという訳ではなく、適切な遮音値でなければ安全のための警告音が聴こえないなど別のリスクを生じることがある。上記に注意し、ガイドラインの規定に沿って保護具を使用するように指導するとよい。
図4 耳栓の正しい装着法

 ばく露時間も短くできるのであれば短い方がよい。ただし、作業時間の短縮によって騒音ばく露量を少なくすることは容易ではない。ばく露される騒音の影響を少なくするために時間を短縮しても、効果は限定的だからである。騒音のばく露エネルギーを評価する時、3dB・倍時間の考え方がある。つまり、音の大きさdBは対数の値なので、3dB音が大きくなったら、ばく露時間を半分にしなければならない。8時間労働のところを1日1時間だけに厳しく制限したとしても、(1/2)3=1/8なので3+3+3=9dBの低減効果が得られるに過ぎず、保護具の使用に比べて効果が小さいことがわかる。それでも作業時間の短縮を検討せざるを得ないのは、既に中等度以上の聴力低下が生じている作業者について事後措置として対策が必要な場合などが想定される。

3)健康管理

 健康管理は改訂ガイドラインの健康管理の体系(図5)に従って行う。まず、雇入れ時に正確な聴力を把握しておくことが重要である。近年では、若年者のレジャー騒音へのばく露が注目されており、WHOもMakeListeningSafeのキャッチフレーズのもと、若年者の聴覚保護の必要性を訴えている。携帯型音楽端末の長時間・高音量での使用、コンサート、スポーツ観戦など、大きな音は現代社会では身近に存在している。音による影響だけではないが、作業者が入職前からある程度の難聴を持っている可能性は一定数予想される。職業性の騒音ばく露の影響と区別するために雇入れ時に聴力を正確に把握しておくことが望ましい。

図5 健康管理の体系

 選別聴力検査では半年に一度、1kHzと4kHzを測定するが、改訂ガイドラインでは4kHz測定の音圧を25dBと30dBの2段階で測定し、30dBの所見をもって異常の有無を判断することと変更された。従来から高音域の聴力(4kHz)が30dB以上で騒音性難聴と判断していたので、騒音性難聴の基準は変わっていない。旧ガイドラインでは選別聴力検査が一般定期健康診断と同じ4kHz40dBを用いていたために一次スクリーニングの網の目が粗く、初期の騒音性難聴(前駆期の症状)を検出できていなかった可能性があり、難聴進行予防にうまくつながらなかった可能性が否定できない。改訂によって難聴の初期変化を発見できる可能性が高まったと考えられる。

 二次検査では6kHzも測定するように変更された。騒音性難聴の発生のメカニズムでも述べた通り、3~6kHzの高周波数領域が障害を受けやすいのが特徴である。高音域の聴力低下を指標とする判断基準は変わっていないが、4kHzだけでなく、6kHzも測定することで、より多くの早期変化が捉えられ、進行予防につながることが期待される。

4)労働衛生教育

 選任された騒音障害防止対策の管理者については、①騒音の人体に及ぼす影響、②適正な作業環境の確保と維持管理、③聴覚保護具の使用及び作業方法の改善、④関係法令等について、合計3時間の研修を受講するように求められている。一方、騒音作業に従事する個々の労働者に対する労働衛生教育は、より実効性を重視したものに変更された。個々の労働者に対しては、①騒音の人体に及ぼす影響、②聴覚保護具の使用の2項目に厳選し、伝えることとなった。本稿でも述べてきたように、ポイントを絞って、例えば以下のように伝える。

  • 耳では微細な音を聴くために特殊な細胞(外有毛細胞)が活躍している。
  • 大きな音はその細胞にダメージを与えて難聴になる。
  • 騒音性難聴は回復しない。
  • 予防が大切。予防はできる。
  • 耳栓などの保護具が有効。

 このように明確なメッセージを伝えることが効果的ではないかと考えられる。時間の規定はないので、各事業所で労働者の理解が進むように工夫されたらよい。

4 騒音性難聴防止の意義

1)難聴の影響

 難聴はそれ自体、発症後の長い人生の生活の質を低下させる大きな要因となる。人々の生活における言語コミュニケーションの重要性は今更述べるまでもないことだろう。言語コミュニケーションを支える重要な身体機能が聴覚である。コミュニケーションが困難となることで、疎外感を感じたり、孤独や抑うつにつながる可能性も否定できない。仕事を続けていられたとしても危険回避能力は低下し、難聴と労働災害の増加の関連も示唆されている。

 騒音性難聴は長期間騒音作業に従事した労働者に生じるものであるから、その多くは熟練の技術をもった貴重な人材であると推測される。難聴の進行を防ぐため、その業務が続けられなくなるとしたら人材の損失である。騒音性難聴を予防することは、本人のためというだけでなく、事業主にとっても、社会全体にとっても、熟練の労働者が同じように働けなくなる生産性の低下や将来の医療・介護にかかるコストの増加を防ぐ意義は大きい。

 騒音性難聴は適切に防止策を実践することで防ぐことができる。難聴者が誰一人取り残されず、生き生きとこころ豊かに暮らすことのできる社会の実現に向けて、難聴対策推進議員連盟が提言「Japan Hearing Vision」(図6)をとりまとめた。これに沿って、政府ならびに関係機関の取り組みが求められている。その対策の柱の一つが成人期、老年期における難聴対策であり、中でも、騒音性難聴など防ぎうる難聴の予防を進めるという文言が盛り込まれているので、社会全体で騒音性難聴防止を後押しできれば理想的である。

図6 Japan Hearing Vision

2)認知症との関連

 近年、難聴の影響は聴覚だけの問題に止まらないという報告がなされた(図7)。その報告によれば、認知症の内の45%は予防が可能であり、予防可能な認知症の要因の中で最大の影響をもつ因子が難聴であった。中年期以降の難聴が要因とされる認知症は全ての認知症の7%にのぼる。難聴を防ぐことができたなら、あるいは難聴に対して補聴器などを利用して難聴の影響を最小限にすることができたなら、この分の認知症は予防することができるという、きわめてインパクトの大きな報告であった。騒音性難聴に取り組む動機づけの一つになってくれればと思う。

図7 難聴と認知症の関連

5 おわりに

 騒音性難聴は予防しうる難聴である。防止対策に取り組むことで発症を防ぐ一次予防も、発症した後の進行を防ぐ二次予防もともに可能である。改訂ガイドラインが発出されたことで関係者が取り組むべきことは明確になっており、あとはそれを個々の事業所ならびに労働者が実践するだけである。そのような騒音性難聴防止のための取り組みが、当たり前のこととして全ての事業所に根付くようになることを願っている。

参考文献

  1. 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会産業・環境保健委員会編:騒音性難聴に関わるすべての人のためのQ&A 第3.2版。Q1―5 騒音性難聴になるとどんな症状が起こりますか。 労働者健康安全機構茨城産業保健総合支援センター 2024年2月
    https://ibarakis.johas.go.jp/info_document/oh/nancho
  2. 中央労働災害防止協会:第2章 適正な作業環境の確保と維持管理。厚生労働省ガイドラインに基づく騒音障害防止のために 管理者教育用テキスト、東京、令和5年9月。
  3. 厚生労働省労働基準局長:騒音障害防止のためのガイドラインの改訂について(基発0420第2号 令和5年4月20日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/001089239.pdf
  4. 一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会:Japan Hearing Vision(難聴対策推進議員連盟からの提言) 2019年12月
    https://www.jibika.or.jp/modules/members/index.php?content_id=8
  5. Livingston G et al:Dementia prevention,intervention,and care:2024 report of theLancet standing Commission. Lancet2024,404:572―628.
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